栃木県立佐野高等学校附属中学校の探究学習事例

栃木県立佐野高等学校附属中学校(以下、佐野附属中学校)は、2021年度から探究学習プログラム「クエストエデュケーション(以下、クエスト)」を導入、2023年度現在は3学年にまたいで3種類のプログラム(1年生 ソーシャルチェンジ・2年生 コーポレートアクセス・3年生 スモールスタート)を実施しています。

クエスト導入のきっかけは何だったのか、実施してどのように感じたのか。併走した学校コーディネーター須藤正美(すどうまさみ)が、学習指導主任の石塚 弘幸(いしづか ひろゆき)先生にお話をうかがいました。

一枚の紙から、学校が変わった

ークエストを実施して、今年で3年目となりますね。はじめはどのような経緯があったのでしょうか?

本当のこと言っていいですか?(笑)
今日、これを持ってきたんですけど…

ー弊社の案内のチラシですね!

そうなんです。これ一枚で、本校の総合的な学習の時間が変わった。このチラシ、記念にとってあるんですよ。

コロナ禍で職場体験ができなくなってどうしようかと考えていた時に、回覧されてきた多くのチラシの束の中に入っていたんです。その日はたまたまコーヒーを飲みながら眺めていて、これが探求社さんを知ったきっかけでした。

当時、2学年主任という立場で職場体験についてはすごく悩んでいました。コロナ禍で例年通りの職場体験が実施できないことが大きかったです。地域の方をお呼びして地域講話を実施したり、高校卒業後の生徒をZoomでつなぎ、ともに進路について考えたり、コロナ禍でもなんとか進めてはいたのですが「もうちょっと何かできるといいよね」と学年内でも話していたところでした。

この1枚のチラシとの出会いがなければ、今の本校の総合的な学習の時間はなかったと思います。このチラシを本校に送ってくれた方に感謝です。

ー今もチラシを大切に持っていただいているなんて、とても嬉しいです。そこから実際にクエストを「やってみよう」と思った決め手はなんですか?

そうですね、ひとつは自分たちの総合の探究活動について、「もう少し充実させることができないか」ということがありました。

私たちの母体である佐野高等学校は、文科省から当時「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」の指定を受けて活動しており、高校では探究活動についての知見があります。そこで、はじめは私たち中学校も、高校にならってやっていこうと試行錯誤していました。ですが我々教員は教科に関しては専門性があっても、「総合的な探究の時間」についてはまだまだ発展途上の感が強い。「高校へつなげるための総合的な学習の時間は本当にこれでよいのか」という悩みを持ちながらやっていたので、もう少し体系的に理解したいという想いがありました。

もうひとつは、学校の目標とあっていたことです。
佐野附属中学校では「国際人として活躍する真のリーダーを育てたい」ということを学校目標としてかかげています。クエストでは生徒たちが地元の地域内だけにとどまらず、地域を超えて企業と関われるので、とてもよい経験になると考えました。

探究学習プログラム「コーポレートアクセス」2023年度インターン先企業

生徒も教員も盛り上がる

ー実際、クエストのプログラムを実施されてみていかがでしたか?

まず、大人が楽しんでいたことが印象的でした!
こうした企業の方々からお話を聞く機会はなかなかないので、我々教員にとってもすごく新鮮な体験でした。もちろん生徒たちも、我々教員以外の大人から話をしてもらうことが刺激になって、とても楽しんでいました。
生徒も教員も盛り上がって、学年の一体感が増した一年だったと思います。

ー特に「こうだったから楽しめた!」といったことはありますか?

そうですね、須藤さんが楽しくしてくれたから、生徒も学年スタッフも楽しく活動できました。探求社さんをはじめ、クエストに関わる方々の熱量が本当に高い。

須藤さんには、授業の立ち上げのときから「こういうことはできるかな?」といろいろとお願いしてしまいましたが、真摯に向き合ってくださって。「生徒と一緒に教員も楽しんだらうまくいくんじゃないか」「このタイミングで企業の方の講話を入れるとよいのでは」など、たくさん一緒に試行錯誤してくださいました。

おかげで先生方も「こうするともっと伝わるんじゃないか」と、みんなで議論して盛り上がっていったな、と思います。

探求社さんはすごくフラットで、なんか熱い。インターン先企業の大正製薬の小山さんも、吉野家の山崎さんも、みんな熱い。クエストエデュケーションに関わる方々の熱量に、我々が刺激をもらいました。

ーありがとうございます!私には、先生方の反応がとても印象的でした。
いろいろな学校で生徒の取り組む「ミッション」を紹介すると、はじめは「こんなの生徒たちでやれるの?」という反応されることが多いのです。でも先生方は、「このわかるようでわからない感じ、とてもいいです!」とおっしゃって、一緒に楽しんでくださいました。ミッションは、企業の方も、我々も力をかけて作っているので、とても嬉しかったです。

「どうせやっても…」から代表になる生徒も

ー先生が実際に感じた生徒さんの変化や、印象的だったことはありますか?

生徒たちが「我々を超える」というか、「教員を超える」。

我々教員は、自分たちでも気づかないうちに、「ここまで考えることは無理かな」「これはできないだろうな」というように、教師側の枠を作りがちです。

でも、クエストをやると、その枠を生徒が超えてくるんです。

たとえば、普段の教科の学習が苦手な子も、クエストをやっているときはそんなことを感じさせません。勉強が苦手でも得意でも、同じ土俵の中にいる。時にはテストの結果などで下を向いてしまうような生徒も、この探究の時間は生き生きしていたり、代表になって活躍していたりします。私には、それがとても印象的でした。

勉強で少しうまくいかなかったり、時に下を向いてしまったりするようなときも、総合の時間は楽しみにしている。本当に、このプログラムがあったおかげで救われた生徒さんがいると思うし、学校生活が充実できているところもあるのではないかと思っています。

ーそういったお話をうかがえると、本当にこの仕事をやっていてよかったなと思います。
私から見て、佐野附属中学校の生徒さんたちはすごくピュアで貪欲。自分が知らないことを知ること、「その先に何があるのか」を探究していくエネルギーがあると感じています。インターン先企業の大正製薬の小山さんも、吉野家の山崎さんも、「生徒さんの食い入る目つきが違うよね」「とても関心を持ってくれるから、大人たちが引き出される感覚がある」とおっしゃっていました。

そういっていただけて嬉しいです。もともと知的好奇心のある子たちだと、私も思います。ですが、やはり生徒たちの探究心が発揮されていったのは、クエストをやったからだと思うのです。

クエストを通して「自分の意見を聞いてもらえるんだ」「認めてもらえるんだ」と感じられて、本来の能力が引き出されていったと感じています。

体系化された探究の授業

ークエストの実施に関して、学校や先生の反応はいかがでしたか?

特に、若い先生方がクエストに刺激を受けています。生徒たちの変化が目に見えるので、魅力を感じているのでしょう。

もちろん最初はよい反応だけではありませんでした。探究学習については、これまで教員たちで試行錯誤を重ねてきた経験もあるので、新しいプログラムを導入することに怖さを感じていた先生もいたかと思います。

でも実際にクエストをやってみると、「この方が今以上に充実するんじゃないかな、今までよりいいよね」と徐々に浸透していきました。成果も以前よりも上がっているのではないかと思います。

また、導入当時の校長からもこの活動についてまさに「STEAM教育」だと評価してくださったり、県の教育委員会の方々からも「佐野附属中の探究活動が充実してきている、良い活動になってきている」という言葉をいただいたりもしました。そうしたこともあって、先生方も自信を持って指導に当たることができ、職員間でより浸透していったと感じています。

ーどのようなところで「探究の授業が充実した」と感じましたか?

テキストがあって、授業の流れができているので、総合的な学習の時間で身につけたいねらいと指導方法がある程度明確化されている。そのぶん「こうするともっと伝わるんじゃないか」「こうしたら枠を超えたものになるんじゃないか」と発展的な部分で教員たちが議論したり、工夫したりして授業を作っていくことができました。

また体系化されているので、新しく赴任された先生でも探究の授業を進められる基盤ができました。1年生で「ソーシャルチェンジ」、2年生で「コーポレートアクセス」、3年生で集大成となる「スモールスタート」へと、つながっていく。佐野附属中学校としての、3年間の総合的な学習の時間の探究活動が形作られたなと思っています。

探究の授業は、本当の意味でやろうとすると新しく難しいこともありますが、他の学校をリードする意味でも、こうして基盤を整えられてよかったなと思います。

「調べ学習」で終わらない!

ーこれまでの探究プログラムと比べて、いかがでしょうか?

そうですね、これまでの探究学習プログラムでは「調べ学習的に終わってしまった」と感じたことが多くありました。

そのときは「教育福祉」「国際理解」などの大枠のテーマから、生徒たちが希望のテーマを選び、研究するという流れだったのですが、「好きなことを研究しましょう」と言われても、中学生の生徒たちはどうすればより良い研究ができるのか、迷いがあったように思います。

仮説を立てたり、研究の質問を考えたりと、高校のようなやり方を取り入れてみましたが、中学校段階で同じことを行うことはなかなか難しく、発表のイベントに向けてなんとなく進んでいくような印象でした。
発表を聞いていても、生徒たちは調べ学習的な感じで終わってしまっていて、「本当にこれでいいのかな」という不安がずっとありました。結構な労力をかけている割には、成果が少ないように感じることもありました。

しかし、クエストを取り入れたら、状況が変わりました。
クエストの方法を使えば、どんな子でも最終的には形になり、発表会もできる。生徒たちも楽しそうに大人たちに質問する姿が見られ、彼らの力になっていることを感じました。

探究学習は「問い」がすべてだと自分は感じています。探求社さんはその「問い」がしっかり設計されていて、さらにちゃんとゴールまで道筋をつけてくれるメソッドがあるので、非常にありがたかったです。

おかげで多くの子たちが本校が総合的な学習の時間でねらう力を身につけることができたと思います。今、クエストをやった子たちは高1になりましたが、学年が上がってからもよくやってくれていると思います。

教員にはできないサポートがありがたい

また、外部とのつながりをつくってもらったこともよかったです!

もちろん我々教員が講師をお呼びすることもできますが、企業の最先端で働いている方々と直接話す機会を持つことは、なかなか難しい。職員の中で知り合いがいる場合は別ですが、普通はそういうこともできません。この取り組みの中で、そういった外部の方々を繋いでくれたことはとてもよかったです。

また、生徒たちの発表を見てもらうときには、教員だけでは気づけない部分も、探求社さんや企業の方々が指摘してくれて、大きな刺激になりました。発表にコメントしてもらうと、子どもたちも喜んで、それをもとにさらに自分たちのアイデアを改善していけます。

授業を進めること自体は、マニュアルもあり、テキストに沿って進めることができます。ただ、そうやって生徒たちの作品について個別にコメントしてくれたり、須藤さんがコーディネートしてくれたりすることは、我々にはできないことなので、本当にありがたいです。

ー嬉しくて、ご飯を5杯ぐらい食べられそうです!
私は担当させていただいて、先生たちがプログラムをただ導入するだけでなく、佐野附属中学校に合った形で活用しようとしてくださっていることがとても嬉しいです。私たちのプログラムは、導入すればもちろん授業を進めることはできるけれど、最終的にはその学校に合うような形で根付いていくことを目指しています。先生方がそれを目指してやっているのを感じるからこそ、私もできることを頑張ろうと思わせてもらっています。

せっかくご縁をいただいたので、しっかり活用していきたいと思っています!今、高校にも探究の時間があり、大学入試でも総合探究の力が必要になってきていると聞いています。そうした「探究」のベースを生徒たちの中に育てるためにも、探求社さんのメソッドが力になると思っています。

これまで我々がやってきたことも、すべて捨てたわけではありません。生徒の実態に合わせたり、それぞれ学年でアレンジしたりしながら、自分たちがやってきたことと探求社さんのプログラムとをうまくすり合わせています。そうして「生徒に還元しよう!」というのは、全教員の想いです。

「自分はここにいていいんだ」って思ってほしい

ーこれから目指していること、思い描いていることを教えてください!

やはり、人と人との繋がりを大切にしていきたいなと思っています。

クエストの一番いいところは、人と人との関係にあると思うんです。このプログラムでは、話さざるを得ない。その子が話すことが得意でも苦手でも、自分の考えを表現して、協働していかなくては進まない。そうしているうちに、チーム内で繋がりができていきます。

学年間でも、上の学年が自分たちの経験を活かして、下の学年にアドバイスをすることもはじめました。そうすると学年間でも繋がりができるきっかけになる。そういう機会があることが、すごくいいのかなと思います。

また、学校を超えて、探求社の須藤さんや大正製薬の小山さん、吉野家の山崎さんとも繋がれる。小山さんや山崎さんの話を聞いて、人生が変わった子もいると思うんです。

そういった人との繋がりをとおして、ひとりひとりが「自分がここにいる」「自分はここに存在しているんだ」という気持ちを持つことができたらいいなと思っています。

生徒たちには、個を認めて認められて、その繋がりを大切にできる人であってほしいなと思っています。

栃木県立佐野高等学校附属中学校

明治34(1901)年に「栃木県第四中学校」として開校し、創立123年目を迎えた伝統校。平成20(2008)年に附属中学校が開校し、中高一貫校として再出発をする。『国際人として活躍できる真のリーダー』の育成に向けた「人間力」と「探求力」を育む「Sanoグローカル構想」をスタートさせ、新たな教育活動を展開中。

石塚 弘幸先生

2021年に学年主任として担当した学年に「コーポレートアクセス」を導入。コロナウイルスの蔓延により職場体験ができなくなってしまった佐野高等学校附属中学校に新しい生活様式におけるキャリア教育への取り組みの礎を築いた。その後、「スモールスタート」「ソーシャルチェンジ」の導入にも係わり、総合的な学習の時間における探究活動の充実に寄与した。2023年度学習指導主任、1学年主任、地域連携教員を務める。

学校コーディネーター須藤より

初めて先生方とお会いしてお話したときに、生徒たちのことをとことん考えていて、「この子達なら大丈夫」と心から信頼しているのが伝わってきました。また、生徒たちもその想いを受けて、全力で取り組んでくれていました。新しいことにも「やってみよう!」と前向きに、そして、どうせやるならとことん楽しもうとする生徒と先生方の姿に、私自身もたくさんの力と刺激を頂いていました。
先生方と毎年、どうクエストを進めていくかの作戦会議をするのをとても楽しみにしています。

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