【シヅクリ】「engine」ができるまで地域事業者とプログラムそれぞれの可能性

クエストエデュケーション(※)・地域探究コース「engine」は、中学生や高校生が地元企業と協働しながら、地域のリソースをかけあわせて、地元をよりよくするイノベーションプランを考え、発信するプログラムです。
その実践を通して、「次世代の人材の育成」や「地域の大人と子どもが共に学び続けるコミュニティの創造」をめざすプロジェクトでもあります。
(※)クエストエデュケーション……教育と探求社が提供するさまざまな探究学習プログラムの総称。各プログラム参加者が、1年間の活動の成果を社会に発信する全国大会もあります。

このプロジェクトがいかにして生まれたのか、⼀般社団法⼈シヅクリの理事、八木邦明氏にお話を伺いました。静岡県で活動の中核となる地域事業者を務め、パイロット版実施やプログラム改良にも携わられた、いうなれば「engine」立ち上げメンバーの一人です。

プロジェクトの原点1

生徒たちが本気になれる授業を

今の道に踏み出すきっかけは、私が小学校の校長だった2018年2月に、教育と探求社のクエストカップ全国大会を目にしたことでした。中学生や高校生が、学校の授業の一環で、クエストエデュケーションの様々なプログラムに取り組み、、大会当日は各部門の代表が全国から集まり、これまでの成果を世の中に発信していました。

その大会の熱気に、衝撃を受けたのです。子どもたちが未来を自分らしく生きていくためには、こうした教育を広げる必要があるんじゃないか、と。

もともと私は、正確には東京都の公立中学校の教員から出発し、部活動(バレー部の顧問)に熱中したタイプでした。その部活動でふれた「生徒が本気になる姿」は、自主的な活動だから現れるもので、授業や勉強では出てこないだろう、とどこかで思っていました。ところが、クエストカップ全国大会には、部活動に負けない熱気や感動があったんですよ。

なかでも「コーポレートアクセス」というプログラムに参加した生徒たちの中に、実在する企業と一緒に、社会課題解決につながる企画を考えているチームがいて、「この子たちが日本を変えていくのでは」と思ったほどです。会場にいらした親御さんの話も忘れられません。「うちの娘は勉強しろと言ってもしなかったのに、この活動は時間に関係なく熱中していた」と。それこそ初めは、「コーポレートアクセス」がもっと学校に広がればいい、と考えていました。

プロジェクトの原点2

子どもたちと一緒に地域の未来を

大会に衝撃を受けた私はすぐに教育と探求社に連絡を取り、代表の宮地勘司さんにお会いし、宮地さんが関わるもう一つの団体、ティーチャー・イニシアティブの約8か月の教員研修にも参加しました。また、クエストカップの中身をもっと知るために、翌2019年2月の大会の運営にボランティアで参加しました。

それらの体験を通して、自分のやりたいことをじっくりと見つめることができ、めざす方向性がよりクリアーになりました。

「コーポレートアクセス」のプログラムでは、生徒たちは全国的な知名度を誇る企業と一緒にミッションに取り組み、最終的に自分たちの企画を企業にプレゼンテーションする形で、自分たちがどんな未来をつくりたいのか探求します。この取り組みを地元・静岡の視点からとらえると、生徒たちが全国や世界まで見すえるようになる良さがある一方で、都心に本社のあるナショナル企業への関心が強まり、県外への人材流出が加速しかねない、とも感じました。

その路線だけの拡大は、私の望むことではありません。では自分は何をしたいのかと掘り下げたとき、見えてきたのが、地元で学ぶ子どもたちと「静岡の未来をつくっていく」ことです。生徒たちが「企業に対する提案」をするのではなく、「地域の未来に対する提案」をするプログラムを作れないか。そのようなことを、教育と探求社の開発部の方々と話し合うようになったのです。

そうして「engine」の原型ができていきました。生徒たちが「地元企業のリソース」と「地域のリソース」をかけあわせてイノベーションプランを考え、地域で発信し、伴走した大人も含めて当事者みんなで未来を切り拓いていく、そんな探究学習プログラムです。

プロジェクトの立ち上げ1

共鳴してくれた学校、企業と共に

そこからはプロジェクトの立ち上げと、運営団体の設立を同時並行で進めました。今の団体の代表の山下由修が、当時は県内の公立中学校の校長で、私と同じ思いをもっていたので意気投合し、彼の定年退職後、2019年4月から団体設立の準備に入りました。彼が校長を務めていた中学校には、我々に共鳴してくれた先生方もいらしたので、その学校で地元企業4社の協力も経て、パイロット版プログラムも走らせました。

一方で当時の私は、公立小学校の校長という立場でしたが、悩んだ末に3月末で早期退職することを宣言しました。

その準備期間を経て、2019年10月に設立したのが一般社団法人シヅクリです。周囲からは「馬鹿か?」と言われました。これまでの地位を捨てることに対して。また、私の退職がコロナ禍と重なったので、そんな時期に船出トルすることに対して。それでも2020年度のプログラムは、県内の7校の学校と、8社の企業の参画を得て行うことができたんですよ。

コロナ禍はたしかに逆風でしたが、非常事態で行事が軒並み中止になるなか、子どもたちに実のある「体験」をさせたかった先生方が、予算を駆使してこのプログラムの契約に回し、踏み出してくださったという側面がありました。

また、私たちは企業さんに参画していただく際も、このプログラムが社員研修やCSRにつながるという観点からお金をいただくのですが、当初はそこに価値を感じてご契約いただけたというより、何よりも「次世代を育成し、静岡の未来をつくっていく」という理念に共感して仲間になってくださったように感じました。

プロジェクトの立ち上げ2

専門家も未来創造のパートナーに

この時期にもっとも大変だったのは、運営体制の整備です。会計から法務、労務まで、周囲からの信用にたる体制を整えないといけませんでした。専門家の力を借りたくても、十分な報酬を払える潤沢な資金はありません。まずは公的機関に自分たちで問い合わせ、勉強しながら組織体制を整えました。

とはいえ「素人が切り盛りしている」ように見えると、特に企業の方々を不安にさせます。

団体の見せ方も重要だと痛感し、顧問会計士や顧問弁護士となる方にも入っていただきました。私たちの地元には、静岡の未来を考える人たちの集うコミュニティがあり、そこで出会ったお二人です。ご自身の専門性や時間の1~2割は、本業以外の社会貢献にも使おうとされているような方で、この活動に賛同し、ほぼ必要経費のみでお力添えいただけることになったのです。

そうした専門家の方々とつながれたことも、体制を整えるうえで大きな力となりました。

企業との協働
企業や社員に何をもたらせるのか

翌2021年度には、「engine」のプログラムを、17校の学校と15社の企業の参画のもと、さらに規模を拡大して実践することができました。このときは、自分たちのやっていることは順風満帆だと感じていました。

ところがその2年目の終わりに、参画企業のある方から痛烈な指摘を受けたのです。
「理念はわかる。でもこの活動に我々がお金を払っているという意識はある? ふわっとしていて、どこまで何をすればいいかよくわからない。このままでは企業は離れていくよ」と。

ぶんなぐられた気分でした。あまりにもつらくて、その場で泣きました。悔しいのと、悲しいのと……。その席には企業側の方が3~4名いらしたのですが、気づくと、生徒たちに伴走された社員の方も一緒に泣いてくれていたんですね。そんなみなさんの期待に応えきれていなかったことに、自分に怒りすら覚え、情けない気持ちになりました。

ちょうどそのころに、知人が企業コンサルタントの方を紹介してくれたので、お会いしたときに自分が抱えた悩みと情けなさを口にしました。するとその方が「それはもう全然ダメだ」と言って、なんと無償で相談にのってくださり、このプロジェクトの目的や価値を一緒に練り上げてくれたのです。

これまでも団体のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)はありましたが、この出来事を機に、「engine」のプロジェクトについても、どこに向かって何をするのか、それが誰にとってどんな価値をもつのかを、より明瞭に示せるようになりました。同時に、たとえ理念に共感して地元企業さんが集まってくれたのだとしても、そこに甘えず、その企業さんにもたらす価値、例えば「プログラム参加による社員の自己変容」をどう実現するかを常に考え、毎年よりよいものを届けよう、と心に誓いました。

学校との協働
生徒や先生に何をもたらせるのか

学校との連携も初めから順調だったわけではありません。例えばある中学校では、校長先生が我々の思いに賛同し、シヅクリの初年度、2020年度からプログラムを学校に入れてくださいました。が、現場の先生方は、働き方改革で業務削減に取り組んでいて、当初は新しいことを入れるのに反対だったそうです。

そこで担当の先生が「断る」こと前提で、私との打ち合わせに臨んでくれたのですが……部活動で生徒の本気を引き出そうとしていたり、根幹で通じ合える部分が多かったんですよ。プログラムで子どもたちにこうなってほしい、という私の思いも受けとめてくださり、「やるなら一番いいものにしたい、あなたが授業を主導して進めてほしい」と求められました。

そこで初年度のプログラムには、私が授業の講師も務め、入口から出口まで全部かかわりました。元教員として、やってみると当時の建付けでは「現場の教員がやりづらい」と感じる部分もあり、教育と探求社にプログラムの改良も求めながらの実践でした。

1年が経ったとき、二人三脚でプログラムを進めた先生から手紙をいただきました。「こたえのない学びに伴走することがいかに大変かつ大切かを身をもって知った。それでも教員がこたえを示さず、生徒自身で考えて動くよう我慢して見守ったら、想定を越えた成長を見せてくれた。生徒たちを型にはめ、可能性に蓋をしていたのは私たちかもしれない、と思うようになり、教科の授業にもこの経験を活かすようになった」と。

生徒にとっても、先生にとっても、このプログラムはプラスになる。現場の先生がそう実感してくださったことで、活動の継続と拡大にはずみがついていきました。

生徒との協働
「出会い直し」で人や地域に新風を

「engine」を体験した生徒からは、こんな感想が寄せられました。

「普段の授業では間違えたくなくて、自分の意見を隠すようにしていた。でもこの活動では、自分の意見は声に出して言ったほうが何倍もいいんだ、と思えた。これまでは答えのある問題を解くことが多かったけど、今回みんなで考えたのは答えのない問題。そこでの『話し合い』は、正解と思えることを発表し合うことではなく、まずみんなでいろいろな意見を出してみて、それをもとに考えを深めることだった」と。

ものすごく大きな気づきですよね。

生徒のなかで「違う」の捉え方が、wrong(間違う)からdifferent(異なる)に変化したわけです。そのように、自分が思い込んでいたことへの「出会い直し」ができることにこそ、このプログラムの価値があると思うんですよ。

「出会い直し」ができるのは、個人の体験だけにとどまりません。

同級生から地元企業の人まで、身近にこんなに多様な考えがあったことに驚くという「人との出会い直し」もあります。地元をよりよくするプランを考えるなかで、その魅力や可能性を再発見するという「地域との出会い直し」もあるでしょう。たくさんの気づきがあるから、もっと知りたい、もっと考えてみたい、と「学び続ける姿勢」も育まれます。

そうして火のついた子どもたちに、伴走する大人たちも巻き込まれ、共にイノベーションをめざしていった先に、地域に新しい風が吹く未来が待っているのではないでしょうか。

事業者とプログラムの可能性
地域で、全国で巻き起こしたいこと

一般社団法人シヅクリは、この「engine」以外にも、各学校の実態に合わせた学習プログラムや、教育向け研修、企業向け研修、業種や職種を越えた交流を行っています。地元においては、今後もこうした活動に巻き込まれてくれる学校さんや企業さん、子どもたちを増やしていき、その仲間と共に、静岡の未来を切り拓いていければと思っています。

一方で、「engine」というプログラムに関していえば、静岡以外にもさいたま市、鹿児島、横須賀、奈良と複数の地域でプロジェクトが始動したのを聞いております。このプログラムは、最後に地域大会で参加校の生徒たちがお互いのプランを聞き合って、それも学びとなるわけですが――今後はその先に、さらに「全国大会」がある形になるかもしれない、と今からわくわくしています。

全国各地から、その地域の特性を踏まえたイノベーションプランが発信され、大会に参加した学生から大人までが受けとめたとき、一人ひとりのなかにどんなリスペクトや発見が生まれ、そこからさらに何が起こるのだろう、と。

クエストカップで審査委員長をされている米倉誠一郎先生からお聞きしたことの受け売りですが、アフリカにはこんなことわざがあるそうです。

「早く行きたいなら一人で行け、遠くまで行きたいならみんなで行け」

私はそのみんなになりたいです。遠くまで行きたいから。
そして今この言葉を受け取られた方とも、手を取り合って進む仲間になることができたら、と思っています。ぜひ、一緒に遠くまで行きましょう。

一般社団法人シヅクリ 理事 八木邦明氏
東京都の公立中学を皮切りに、日本人学校、教育委員会、学校管理職と様々な機会を得て約30年強の教職人生を過ごしたのち、2019年度末に校長職を(任期を残して自主)退職し、「一般社団法人シヅクリ」を設立。静岡の人財育成と地方創生をミッションに課し、学校・教室と社会・企業を繋ぐ探究型のキャリア教育プログラムを展開している。2023年度は参画企業22社、参加学校26校3500人の中高生に提供している。「社会全体で人財育成する」仕組みと風土をつくることを目標に、シヅクリプロジェクトの拡張に奔走している。

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