【すべての学校に、探究のとびらを届ける vol.2】明蓬館SNECに息づく、「どの子も安心して学べる」場所の物語

2025年11月21日、通信制高校「明蓬館高等学校」のSpecial Needs Education Center(以下、明蓬館SNEC)を訪ね、センター長の岡本先生と、探究学習を担当されている副センター長の髙尾先生にお話を伺いました。
明蓬館SNECは、不登校の経験を持つ生徒や、発達に個性がある生徒がたくさん通っている、とてもユニークな学校です。この学校の「学びの場」がどのようにして一人ひとりの生徒に寄り添い、提供されているのか、その実情と、教育と探求社のプログラム『クエストエデュケーション(以下、クエスト)』の活用事例についてご紹介します。
「Special Needs Education Center」に込めた願い
明蓬館SNECでは、生徒の約半分が不登校を経験し、全体の8割以上が発達に特性があるという診断を受けているそうです。髙尾先生はSNECを直訳どおりの「特別な支援が必要な教育センター」ではなく、「どんな生徒でも、ここでなら安心して学ぶことができる学校」と解釈しているとお話しくださいました。
明蓬館SNEの教育の真ん中にあるのは、「カリキュラムを一方的に押し付けるのではなく、その子が『できること』や『夢中になれること』からスタートして、少しずつ自分の世界を広げていく」という考え方です。生徒一人ひとりの個性と歩むスピードを大切にし、誰もが無理なく、一歩ずつ成長できる環境を何よりも大切にしています。
小さな一歩が「奇跡」を呼んだ、ある生徒の物語
岡本センター長が最も印象深く語ってくださったのが、一人の男子生徒の事例です。このお話は、明蓬館SNECの教育がもたらす「奇跡」を、まさに象徴しています。
彼は小学校5年生から学校に行けなくなり、中学では完全に引きこもりの状態になってしまいました。自分のスペースから出ることや人前で食事をすることに恐怖を感じ、家族とも会わないように昼夜逆転の生活をしていて、どうしても外出しなければならない時には頭から毛布を被ってできるだけ外を見ないようにして車に乗るという、とても苦しい状況の中にいました。
高校の入学式にも学校へ行くことができずリモートで参加して、その後も「今日はお休みします」と欠席連絡をし続ける日々。放課後にご両親と一緒に学校を訪れ、宿題を受け取るのが精一杯でした。しかし、先生方の粘り強いサポートと、「同じように心に痛みを抱える仲間が多く、お互いに干渉しすぎない」という安心できる環境が良い方向に作用し始めます。週に一度、わずか5分だけ授業に来るという、本当に小さな一歩からスタートしたのです。
大きな転機となったのは、大学進学を目指すコースで必須とされている「探究学習」への参加でした。明蓬館SNECでは当時、『クエスト』の中の社会課題探究プログラム『ソーシャルチェンジ』を導入していました。このプログラムは「身近にいる困っている人を笑顔にする」というコンセプトで、先生は、家族以外の人との会話に慣れていない彼に、「話さなくても、付箋に書いてくれていいよ。何を書いても間違いじゃないからね」と提案しました。さらに、「自分の意見を否定しない、他人の意見を否定しない、何でも言ってみる(書いてみる)」という、プログラムの基本ルールを繰り返し伝えたそうです。
付箋に書かれた彼の意見に、チームの仲間からは「いいね」「おもしろいね」という、肯定的な反応が返ってきました。
この「小さな成功体験」を積み重ねていくうちに、彼は付箋を手放し、自分の言葉で話す勇気を持ち始めました。3回目の授業では、他のメンバーと一緒にクラスの前に立ち、小さな声ではありましたが、発表を行ったのです。
その姿を見たお母様は、「前に立っている。人前で話している。奇跡です」と目に涙を浮かべていました。後日、先生に「喉から手が出るほど欲しかった主体性が、うちの子に見えたことに、心から感謝しています」という、長文のメッセージを送ってくださったそうです。
彼は高校1年生で『ソーシャルチェンジ』を受講したのをきっかけに、学校に来られる回数が少しずつ増えていきました。そして今、高校3年生になった彼は、毎日登校し、志望する大学への推薦入学が決定。一人暮らしの練習も始めているとのことです。彼のポートフォリオには、「最初は探究が本当にイヤだった。必須じゃなかったら参加していなかった。でも今思うと、やってみて本当に良かった」と記されています。

『クエスト』が、多様な生徒の「主体性」を引き出す理由
髙尾先生は、『クエスト』が他の教材と違う点として、生徒が無理なく、自然な形で活動に入れる「仕組み」があったと述べています。
- 引き込まれる導入:動画やカードゲームといった、生徒が「楽しそう」と興味を持てるコンテンツから自然に入っていけた。
- 会話のきっかけ::生徒同士が自然と話し始めるような「ちょっとした仕掛け」がプログラムに組み込まれており、コミュニケーションのきっかけにつながった。
- 先生の安心::ワークブックや進行手順など授業の準備がすべて整っているため、先生方にとって指導案を作るなどの負担が大きく減り、生徒との関わりに集中できた。
- 高い柔軟性(アレンジのしやすさ):生徒の状況に合わせて授業の進め方を柔軟にアレンジできた。
なかでも、生徒一人ひとりのペースや状況に合わせて授業の進め方を柔軟に変えられる「アレンジのしやすさ」は、明蓬館SNECのような個性豊かな学校にとって大きな助けになっているとお話しされていました。
発達の特性を持つ生徒への寄り添い方
インタビューでは、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥・多動性障害)といった特性を持つ生徒への、具体的な関わり方についてもお話を伺いました。
◆ASDの生徒と、対話への道のり
他者の気持ちを想像するのが難しいとされるASDの生徒を、どのようにして対話やグループディスカッションに導くのでしょうか。
髙尾先生は、「もちろん、ぶつかり合ったり、逆に何も話せなかったりすることもありますよ(笑)」と、ありのままを話してくれました。探究学習の基本である「先生が答えを教えない」ことを大切にしながら、最初のきっかけ作りとして「生徒の気持ちを代弁するような形で、付箋に考えを書くのを手伝う」ことから始めているそうです。
生徒は、まず「付箋に書けた」という小さな成功を繰り返し、ルールに基づいた仲間からの「いいね」「おもしろいね」という温かい反応を受け取ります。このプロセスを経て、「活動を続けていくうちに、心の中のハードルが自然と下がってくる」と髙尾先生は語ります。「本当に無理なく、少しずつですが、他の人との関わりを持てるようになっていくのが見て取れますよ」。
◆ADHDの生徒と、集中力を育む環境
じっとしていられなかったり、集中が続かなかったりするADHDの生徒にはどんな対応をされているんでしょうか。
まず大前提として、「生徒一人ひとりが『これならできるかも』と感じられるところからスタートする」ようにカリキュラムを組んでいるため、そもそも興味のない授業に無理に縛り付ける状況には陥らない、と髙尾先生。そのため、我慢できずに立ち上がって動き回るような生徒は、ほとんどいないそうです。
それでも、時には集中できずにスマートフォンを触ったり、眠ってしまったりすることもあるそうです。その際も、無理に学習に戻るよう強制することはせず、「眠いんだねー」と気持ちに寄り添い見守りながら、他の生徒と活動を続けます。すると「しばらくすると、また自分から戻ってきて参加したりするんです。そういったことも含めて、うちの生徒にとって無理なく探究学習を進められるよう、プログラムを柔軟にアレンジできるので、とても使いやすいですね」と、生徒の状況に合わせた柔軟な対応の重要性を強調されました。
『クエスト』受講後の、生徒の心の変化
明蓬館SNECでは、昨年度は社会課題を探究する『ソーシャルチェンジ』、今年度は自ら問いを立てる『マイクエスチョン』を導入しています。
髙尾先生は「どちらも素晴らしいプログラム」と評価していただきつつ、明蓬館SNECの生徒にとっては、社会に目を向ける前に「まず自分の興味を再認識する機会があった方がいい」と考え、今年度は『マイクエスチョン』を選んだとのこと。
『マイクエスチョン』は、カードゲームで盛り上がる導入の後、問いを深めるステップに入ると、なかなか活動が進まない難しさもあるそうです。しかし、最後に活動を振り返るステップでは、生徒たちが「ちゃんと自分の素直な気持ちが書けている」と明かしてくれたそうです。
「考えている最中に言葉にするのは難しくても、『自分から問いを立ててみる』という取り組みを心から楽しみ、新しい自分を発見しているということなのだと思います」と、高尾先生は締めくくりました。
明蓬館SNECは、生徒一人ひとりが抱える「困りごと」を特別なものとして教育から切り離すのではなく、柔軟で温かい教育環境と、それを支えるツールを通じて、すべての生徒の心に秘められた「主体性」という名の輝きを引き出すことに挑戦し続けています。

明蓬館SNEC
通信制高校の明蓬館高等学校に創設された「スペシャルニーズ・エデュケーションセンター(略称SNEC)」は、発達障害を持った生徒のための特別支援教育コースです。発達障害の支援スキルを持った職員(支援員)と心理士(相談員)が常駐して教員と連携しながら《多職種連携》担任チームをつくっています。三位一体の体制のもと、発達に課題を持つ高校生が特別支援付きの普通科高校教育を受けることが可能です。
引用元: https://at-mhk.com/course/snec/
【すべての学校に、探究のとびらを届ける】第3弾は、熊本県立菊池高校の事例です。お楽しみに!
第1弾 ワオ高等学校の事例はこちら:https://eduq.jp/news/tuusinseries-wao/