京都共栄学園中学校・高等学校の肥後さくら先生は、自身が高校2年生の時に、探究学習プログラム「クエストエデュケーション(以下、クエスト)」の企業探究コース「コーポレートアクセス」に取り組み、クエストカップ全国大会でパナソニック賞と準グランプリを受賞されています。
「学生時代に取り組んだ中で、一番印象に残っている思い出」と語るコーポレートアクセスを、採用面接の段階から導入を提案し、新卒一年目から主担当となりました。
“生徒”として探究学習に取り組んだ経験を活かしながら、“先生”として生徒を導く肥後先生に、これまでの学校での導入の流れや、生徒との接し方で心掛けていることを聞きました。
目次
コーポレートアクセスとは?
実在する企業へのインターンシップを、教室で体験する探究学習です。生徒たちは、インターンしたい企業を選んでチームを組み、商品開発や新規事業企画に関する各企業からの「ミッション」に取り組みます。2023年度は、以下13社のインターン先企業がありました。
京都共栄学園中学校・高等学校 肥後さくら先生。高校時代にクエストカップ全国大会に出場した時のスライドと一緒に。
クエストに熱中した学生時代
ー肥後先生は、ご自身が高校2年生の時に、コーポレートアクセスに取り組んだご経験があると聞きました。当時、どんな風にクエストに取り組まれていたのでしょうか?
私はパナソニックのミッションに取り組むチームでリーダーをしていて、色々やってるうちに、どんどん面白くなっていった思い出があります。
特に、中間発表の時に周りから、「この班だけすごい良いの作ってるやん!」「絶対全国大会行けるやん!」みたいに言われたことをきっかけに、より力が入っていきました。定期テストもそっちのけになるくらい、集中してやっていたんです。
そして念願がかなって、2018年のクエストカップ全国大会に行けることになりました。
―クエストカップは、どんな様子だったのでしょうか?
立教大学の大きい舞台で発表した時のことが、ずっと記憶に残っています。
とても緊張していたのですが、会場の皆さんが、「うんうん」ってうなずいたり、手叩いて笑ったりしながら聞いてくれていたんです。それを見た時に、「自分ってすごい面白いことやってる!」と思いました。
最終的には、パナソニック賞と準グランプリをいただくことができました。
「クエストを導入したい!」と話した就職活動
―大学時代の就職活動でも、クエストのお話をされたとうかがいました。どのようなお話をされたのですか?
どの学校に勤めるか悩んでいた時、いろいろな学校が集まる説明会に行きました。そこに今勤めている京都共栄学園のブースがあって、話を聞いてみたんです。その時、「本校には、新人でも若手でも企画を出して通れば、何でもチャレンジできる環境があります」という言葉を聞いて、「ここや!」と思いました。
私が教師になりたかったのは、小学生の頃からの夢だったからという理由に加え、「先生側として、クエストをやってみたい」という気持ちが大きかったからなんです。
京都共栄学園の選考では、理事長先生との面談があったんですが、「クエストの経験があって、ぜひやりたいと思っています!」とお話ししたところ、興味を持っていただき、私が入る年に、学校に導入していただけることになりました。
京都共栄学園中学校・高等学校
「北近畿随一の教育拠点」として「志を持って豊かな未来を創る人」を導き育てることのできる最高の環境を提供すべく、全国各地から採用された教職員集団による魅力的な教育活動の企画を推進している。直近では、学校独自の探究学習プログラムである卒業研究の導入や、文科系クラブの充実化、映像授業の定期配信、教育クリエイターによる特別講演会の定期開催など、最先端の取り組みを実施している。
―すごい熱意ですね!そこまでクエストに思い入れがあったのは、なぜだったのでしょうか?
やっぱり、これまでの人生の中で一番、全力で集中して取り組んだことだったんです。
チームのメンバーと喧嘩した時期もたくさんあったのですが、紆余曲折がありながらもそれを乗り越えて、一貫して頑張れたなと思っています。
クエストカップで発表した時のことも印象に残っていますし、そういう経験を自分の生徒にも届けたいと思いました。
導入後の、生徒や先生方の反応
―実際に導入されてみて、いかがでしたか?
クエストの導入に当たって、同じくコーポレートアクセスを経験したことのある、勤続5年目の先生と一緒に授業を担当することになり、色々と一緒に動いていきました。
大変だったのは、学校の先生たちに説明した時でした。学校内でクエストのことを知らない先生が多かったのもあり、多少のアウェイな雰囲気の中で、「クエストでこういうことができます、こんな生徒の成長が見込めます!」といった発表をしたんです。勤め始めて3日目くらいのことでした。
そうしたら、教頭先生が「まだ3日目やのにこんなに喋るのすごいな、そういう人を生み出すプログラムなのかもしれないなぁ」と感想をおっしゃってくださって、その他にも賛同してくれる先生方がどんどん増えてきました。
―実際のクエストの授業が始まってからは、どんな様子ですか?
自分が生徒としてやっていた時は、出てくるアイディアをとりあえず口に出して話し合っていたのですが、教員の立場になると、口を出しすぎると私のアイディアになってしまうので、引っ込めています。思ってることはめちゃめちゃあって、もう喉元まで出てるんですけど…!
ただ、困っている生徒がいたら、「こんなんあったら先生は嬉しいけどな~」みたいに、10思っているうちの、1だけ言うようにしています。
―なるほど、他に心掛けられていることはありますか?
探究学習って、“気づき”が大事だと思うんです。そして、答えのないことを探求しているからこそ、教員という立場から言われたことは、生徒にとってグサっとくることが多いです。
それで「先生が言っていたから」とはなって欲しくなくて、自分たちで考えてほしい。なので、私たち教員は、ほんのちょっとのきっかけをあげるだけ、ということを心掛けています。「絶対こうだよね」みたいな確定の言い方はしないように気をつけて、生徒に関わってます。
―そんな風に生徒自身に考えさせる環境づくりは、探究学習において、とても重要なことの1つですよね。肥後先生自身がそのような思いを抱いたきっかけは何だったのでしょうか?
自分が教える立場に立つ時に、一番イメージしているのは、私が高校生の時にクエストの担当をしてくださっていた先生の姿です。
先生に、私は「これどうしたらいいんですか?あれってどうしたらいいんですか?」ってたくさん聞きに行っていたのですが、上手くはぐらかされてたなぁって今になって気づきました。
多分、その先生も喉元まで出掛かっているアイデアがあったけど、それを言わずに、私たちのことをサポートしてくれていたんだなぁと、実際に自分が教壇に立っていると思います。
この学校でも、私に色々と相談しに来る生徒がいたのですが、「一人じゃ解決できないから、私に聞きに来てるんでしょ」って話をして、「それが教員の私じゃなくて、同じ友達同士でできたらもっといいと思う」と伝えたら、生徒同士で少しずつ話すようになりました。
肥後先生が高校時代使っていた教材と、発表資料。原稿の書き換えなども含めて、全て残しているため、100枚以上の資料があるそうです!
生徒の導き方
―クエストの授業を受けている京都共栄学園の生徒は、どんな様子なのでしょうか?
真面目で静かな子もいる中で、上手くいくか不安な部分もあったんですが、クエストを初めに紹介した時に、前のめりに聞いてくれる子たちが多くて安心しました。
ただ、授業を進めた上での中間発表で、真面目さが相まって、硬い発表が多く、面白みにかけている部分はありました。
そんな時に、教育と探求社の方から、「肥後先生ご自身の当時の発表を見せてみては?」と言っていただいたんです。そこで、私が全国大会に出た時の動画を、中間発表が終わった後の授業で、生徒全員に観せました。
その時の私の発表は、テレビショッピングみたいに話す砕けたものだったのですが、この動画を観た後、生徒たちは「ここまで面白いことやっていいんやったら、自分らにもできる」と思ったようです。それからどんどん個性を出して、面白いことをできるようになっていきました。
実はその時まで私は、「自分がクエストでしていたことに寄ってほしくないな」と思って、自分の発表動画を観せることを迷っていました。ですが、生徒の型を破らせるためには、「こういうことしてもいいんだよ」という手本を見せることも大事だったのかなと思います。
全国大会での自身の発表を観せた時の様子
―そんな中でも、中々やる気の出ない生徒もいるかもしれませんが、生徒のスイッチをいれるために何か工夫はされていますか?
チーム決めをする時に、自分がクエストで取り組みたい企業を順位付けしてもらって、基本は第一希望の企業になるようにチームを決めました。そのおかげでその企業に元々興味があるので、男女混合の班などもたくさんある中で、初めから結構仲良くやってくれています。
中にはやる気のなさそうな生徒もいたりするのですが、その子が言ったアイデアに対しては、「それめちゃめちゃおもろいやん!」って言いながら会話に入っていくことで、「自分のアイディアが認められたかも」「この活動って面白いことかも」と思うきっかけになれればいいなと思っています。
普段の授業でそうやって先生から発言を認められる機会ってあまりないし、自分が手を上げて言わない限り、埋もれちゃって気づかれないことが多いと思いです。
でも、コソって静かに発言しているところをすかさずキャッチして、声掛けしてあげることによって、生徒がちょっとでも前向きになる経験を重ねていけるようにしています。
その積み重ねのおかげもあってか、今の段階で私が見る限りは、授業に後ろ向きな生徒はいないように思います。
他の授業と比べた、クエストの特徴
―他の授業と比べて、クエストはどんな特徴があると思われますか?
理科の実験など、普段の授業でやるグループワークは大体の型が決まっています。「これをこうしたら、こういう道順で進んでいってこれができるよね」、というように。
でも、クエストに限らず探究学習の全ての授業は、基本的にゴールが決まっていなくて、何をやってもいいんですよね。みんなまっすぐの道を知らないから、グネグネしながら到着地点に行くわけです。
誰も先が見えてないからこそ、みんなでいろいろな道を探しながらやるのが、探究学習やクエストの授業ではないかなと思います。
他の先生方の巻き込み方
―クエストを進めるにあたって、他の先生方の巻き込み方を模索されている先生も多いと思います。肥後先生は、何か意識されていることはありますか?
探究学習は、クラス単位で行われることが多いので、他の業務も忙しいし、「しんどい」という印象があると思います。
そこでさらに、探究学習を担当して実際にやってる教員が、しんどそうな雰囲気を出してしまうと、「大変そうやな、やりたくないなぁ」と思うことが、多分あると思うんです。
なので職員室では、クエストに対するネガティブな発言は基本的にしないようにしてます。先生の態度は生徒に伝わる部分があると思うので、生徒に対しても、「自分たち教員も楽しんでやってるんだよ」と伝えたいですね。
あと、より多くの先生方にクエストの楽しそうな雰囲気を知ってもらえるように、中間発表や最終発表の時には、「皆さんが思ってる探究学習のイメージが絶対変わると思います」と伝えて、発表に来ていただけるよう動いています。
見に来ていただけなかった先生方に対しても、後日、「この前の授業でこんな風に生徒が面白いこと言ってくれて」みたいな話をすることで、そんな顔を生徒は見せてくれるんだと新たに知ってもらうなど、いろいろなアピールをしています。
校内最終発表(第1回共栄カップ)、開会式での様子
今後の展望について
―クエストを導入した一年目から順調な走り出しですが、今後はどんな風に進めていきたいと思っていますか?
京都共栄学園には、バタビアコース・進学コース・総合コースの3つのコースがあるんですが、現在はバタビアコースでクエストを導入しています。
他のコースの先生方が校内の発表を見に来てくださるうちに、「クエストを他のコースでもできたら、絶対おもろいと思うねんなあ」と前向きな話をしてくださるようになってきて、ゆくゆくは、他のコースにもクエストを広げていけたらいいなと思っています。
そして、そのクエストに取り組む上で、より多くの先生方に「探究学習ってしんどいものじゃないな」と感じてもらいたいです。クエストに楽しそうに取り組んでいる先生の様子が、生徒にまで伝染できたらすごいですよね。
そんな雰囲気が、探究の授業だけじゃなく、学校運営にも良い影響を与えていけたらいいなと思っています!
肥後 さくら先生
高校時代にクエストカップ2018にてパナソニック賞・準グランプリを獲得し、大学時代にはクエストカップ2023のファシリテーターとして起用された経験を活かし、2023年4月より赴任した京都共栄学園中学校・高等学校にて、勤務1年目にしてクエスト導入の主担当を務め、学校全体における探究学習の充実化の推進に寄与している。その他、数学科と情報科の授業担当、バタビアコース副担任などを務めている。