今日は後期一回目の授業、企業から出された課題(ミッション)
について、その答えを考えるための企画会議を開いた。
彼女達がインターンとして所属している企業はクレディセゾン、
スカパーJSAT、大和ハウス、テーブルマーク、日本経済新聞社、
そして森永製菓の全6社。
どの企業も一筋縄ではいかない深いミッションを提示している。
例えば、「日本の未来をここからつくる 人が集い、歓び、
つながる 100年続くまちづくり計画を提案せよ」といった具合で
その企業がまさに今、本気で考えているテーマを
そのまま子どもたちに問うているのである。
企画会議というと、ひたすら話し合いを重ねるイメージがあるが
この授業では「ブレインストーミング(通称ブレスト)」という
手法を使って企画案を練り上げていく。
まずは自分の所属する企業から出されたミッションを見て、
そこからひらめいた言葉や感じた言葉をひたすら付箋に
書き出す作業をする。
しばしの静寂の時間。思い思いの言葉を何枚もの付箋に
書き連ねていく姿は、何度見てもドキドキする。
続いて、各々が書き出した付箋を声に出してシェアしながら
机の上に並べていく。意味の近いもの同士を分類し、
それぞれの付箋の関係性を考えたりしながら
そこから自分たちの企画案を紡いでいくのだが
そこで急に流れが止まる。
生徒たちは、簡単に答えが見つからない問いに対して
すっかり途方に暮れてしまったようだった。
付箋に書き出した言葉を口々にいいあっていたときの
イキイキとした姿とは一変して、互いが言葉を失い、
目の前に並んだたくさんの付箋を眺めながら
なんとも困惑した表情を浮かべている。
方向性を示されない恐怖に支配された生徒の表情は
絶望的にすら見える。
それを見てしまうと、助け船を出したい、と無条件に思う
教師の本能的反応との葛藤。
これは日頃の授業や学校内での活動では、
殆ど見られない光景だ。
通常は、生徒が答えを見つけられないとき、
教師はゴールに向かう手順を与える。
少し自分で考えれば誰もがそれなりのゴールに近づけるように、
生徒の力量に合わせて適当な塩梅でゴールに至るまでの
手順を設定する。
そして、少しの工夫の余地を残すことによって生徒たちに
「達成感」という小さなご褒美を与えるのだ。
ところが、この授業ではそんな妥協は一切許されない。
ひたすら生徒たちを問題と正面から向き合わせ、
考えさせるのだ。
感じたことをそのまま言葉として吐き出してほしい。
心でそう願いながらも、いざ目の前で生徒が考え込んで
焦れば焦るほど無理にまとめようと必死になっている姿を見ると
何か言いたい衝動に駆られるのだ。
これも一種の職業病だとわかりながらも。
ブレストの最大の肝は「感じたことをそのまま言葉にすること」
であると私は思う。
目にした言葉、他の人が発した何気ない言葉から感じたことを
どんな小さなことも拾い上げ、“恰好つけずにありのままの言葉で”発する
勇気こそが思いもよらぬ発想を生み出すきっかけになるのだと思う。
イメージとしては、幼子が母親に「なんで地球は丸いの?」と尋ねる
何気ない質問のようなものだ。
人は本来、誰もがそんな何気ないことにも不思議を感じる
感覚を持っている。
しかし、目や耳から入る情報が蓄積され、様々な人と関わるうちに
少しずつ「心で感じたことを言葉にする」感覚を押さえつけられ
素直に感じる心をどこかに置き忘れていくのかもしれない。
ブレストの理想的なイメージとして、もう一つ思い出すのが
放課後の生徒たちの何気ない会話だ。
気心の知れた仲間と、心の赴くままに延々と会話をする感覚。
話題があちこちに飛んで、とりとめのない話が
思わぬ方向に逸れていくとき心が最大限に開いて、
一切飾らない生の言葉が浮かんでくるものだ。
そんなときこそ、人は創造的な発想が出来るのではないかと
感じている。
これからどれだけの時間が掛かり、その結果、どんな場所に行きつくか
わからないけれど、恐れず、飾らず、「これってどういうことだろう?」という
幼子のような心を持って浮かぶ限りの言葉を吐き出してごらん。
仲間が発した言葉を心で感じて、思い巡らせてごらん。
そんな人にこそ、自らの奥底に眠っている「心の声」が天から降りてくるから。
来週の更なるブレストに向けて彼女たちに、このことを実感してもらえるよう
授業冒頭部分でしっかりマインドセットできる仕掛けを考えよう。
彼女たちの本来持っている感覚を呼び起こすことが、来週の私に与えられた
ミッションである。
そのためには私自身も、彼女たちの一挙手一投足にも心を配り、
肌で感じて、自らの心の声を引き出さなければならない。
そして、何よりもまずは生徒たちの底力を信じよう。
そう心に誓った一日となった。
















