教育と探求社:QUEST DAYS

QUEST DAYS ~探求する生徒達~

2012年1月29日
by admin

校内発表会②

「全員を全国大会に連れて行きたい」。そう宣言してスタートしたクエストの授業だったが、生徒たちはこの言葉をどのように捉え、今日という日を迎えたのだろうか。

その問いに対して、彼女たちは発表会の中で見事に答えてくれた。どのチームも短い間に更に磨きを掛け、気迫のこもったプレゼンテーションを行なった。校内発表会は最高の形で終えることができた。

その後、冬休みの課題として授業の感想を書いてもらった。それらを読んで改めて、彼女たちがどれほど真剣にこの授業と向き合ってきたのか本当によくわかった。

「私はこの学校に入学してから、初めてプレゼンという言葉を聞いた気がします。前から知っていたかもしれませんが、自分で考えた事がなかったからかもしれません。そんな私も、この授業を終えてプレゼンの大切さが身にしみてわかるようになりました。もし、このプレゼンの授業を受けていなかったら、きっと社会に出たとき苦戦し最悪、職業を放棄してしまっていたかもしれません。」

「今、昔の自分に会えるとしたら、『なぜ、もっと早くから企業の一員としての自覚を持たなかったのか』と殴ってやりたい気持ちです。今も、その自覚が一体何か、ということを完全には理解できていませんが、プレゼンを成功させたいという気持ちはとても大きいです。前までの自分は、企画を考える事だけで精一杯でした。いつまで経ってもアイデアがまとまらず、とても苦しい日々でした。そんな日々も今となっては良い思い出になりつつありますが、こうして乗り越えられたのはチームの支えがあったからです。これから年明けに審査に向けての撮影を行うので、後悔を残さぬよう自分たちの企画への想いをぶつけたいと思います。そして学校を卒業したとき、この授業を生かせる大人になりたいというのが今の夢です。」

「後期に入ってから企画が行き詰ることが多くなりましたが、最近その理由に気が付くことが出来ました。それは『気持ちの入れ方が弱かった』ということです。仲がいい子達だとリラックスしてできる反面、普段と同じようなゆるい気持ちのまま作業に取り組んでしまい、そのやりきれない気持ちが作業を遅らせてしまったのかもしれません。そのことで不安になることもありましたが、それぞれのチームが色々な問題を抱えながら、それでも頑張っているということにも気づくこともでき、他のチームとも励まし合って取り組むことが出来ました。」

「私は『プレゼンの授業は社会そのものだ!』と感じました。このことを今のうちに感じることが出来て本当によかったと思います。一人ひとりが他人とぶつかりながら、同じ目標に向って歩いていくのは大変で難しいことですが、『みんなで意見を出し合うことの楽しさ』を知った今、新しい発見を得ることが出来ました。自分の考えが広がり、人前で話す勇気や自分の弱点や得意なことがわかるようになりました。」

「問題に向き合う人の数だけ見つかる答えと無限の可能性。『答えのない問題』に取り組んでいくことに対し、初めはすごく楽しみでワクワクしていたのに、深く関わっていくにつれて意見がまとまりにくくなり、なかなか一つの案として取り出すことが出来なかったときは逃げ出したいとも思いました。でも、長い間苦しんだ時間が『一瞬のひらめき』によって救われました。たくさんの小さなアイデアが集まり、それらのつながりが出来たとき、一つの大きな意見へと変わっていく。ひらめきは一瞬だったとしても、キラメキとして考えれば『一生のキラメキ』。そう考えたとき、今までやってきたことの中には大切なキーワードがたくさん含まれていて、無駄な時間なんて一分一秒たりとも無かったと思いました。」

「今までは就職難だったり、上下関係の面倒くささだったり、どんなに頑張っても結果が出なかったり…仕事に対して、マイナスなイメージばかり持っていました。でも今回ミッションに取り組んでみて、たとえ結果が出るまでの時間が長かったとしても、頑張った分だけそれなりの結果になって返ってくるということを改めて実感しました。これから先、少しずつでもいい、少なくとも自分が就職活動を始めるときまでには、これまで抱いてきた働くことに対するマイナスな考えを越える、プラスの考えを持てるようになれたら良いなと思います。」

「私がクエストの授業で苦しかったことは、チームメンバーと楽しく、明るく話し合いができなかったことです。私はリーダーであるのに、彼女たちに授業に積極的に参加してもらえるよう、彼女たちの気持ちを動かすことができませんでした。本当は次の授業が待ち遠しく思えるようなチームにしたかったのに、現実は違いました。私にはそんなチームを作る力がありませんでした。そしてリーダーである私が『もう企画なんてできない、もう授業なんか受けたくない』と思うようになっていきました。チームメンバー全員と団結できなかった自分の力のなさが一番苦しくて、辛かったです。私は、この授業に悔いが残っていますが、この経験からリーダーや人の上に立つことの偉大さを学びました。だから、自分がリーダーとしてやり遂げることが出来なかった悔しさを胸に刻み、次こそは自分の力の限りチームを団結させる努力し、自分自身だけでなく周りの人も悔いが残らないように努めたいと思いました。」

「私は、街頭アンケートを通して人の優しさを学びました。人がこんなに優しいとは知りませんでした。授業で街頭アンケートを行わなかったら、私はきっと長い間、人の優しさに気がつくことができなかっただろうと思います。そのことを知ったことで、人と接することが少し嫌ではなくなりました。もっと人の優しさを知りたいと思うようになりました。私はずっと、人と接するのがあまり好きではありませんでした。そのため営業のような、お客様と接する仕事に抵抗がありました。しかし今は違います。営業の仕事をやってもいいかもしれないと思えるようになるくらい自信がついたのです。そして、働くということを以前よりも前向きに捉えられるようになり、自分の将来の選択肢が増えました。」

「自分たちの企業のミッションを与えられた夏、あまりにもわからないことだらけで戸惑い、この現実から逃げたくなりました。何度話し合いをしても一向に進まず、いつしか“一番大好きだった授業”から“一番大嫌いな授業”へと私の気持ちは変化していきました。『リーダーとして、どのようにして指示を出せばいいのだろう』。この言葉が毎週授業の終わるたびに頭をよぎりました。本当に悔しくて辛くて、考えれば考えるほどミッションから遠ざかっていきました。でも、そんなある時、ふと“企画のイメージ図”が降りてきたのです。こんなに嬉しいことはありませんでした。とはいえ、それからも何日も何日も徹夜をする日が続きました。ようやく発表会を迎えることになりましたが、作品を完成させることができず不本意な形で発表することになりました。完成しなかったものの、今やれる限りのことをすべてやりきった、という気持ちが“自信”へと変わり、『何としてでも成功させる』という言葉が頭に浮かびました。ここまで辿り着くには、言葉や文字では表せないぐらい辛く険しい道程でした。『何でこんなに頑張らなければいけないのだろう』と思うことは数えきれないほどありました。でも、長く葛藤し続けた日々があったからこそ、一つの企画を完成させられた喜びは他の授業では決して味わえないものでした。」

全国大会に連れて行くことも目標にしてこれまで頑張ってきたけれど、目に見えるゴールよりも遥かに大事なことを、彼女たちは既に手に入れたことを実感させてくれた。

勝ち負けではなく、大事なのはそれまで歩んだ過程にある。本気で頑張って、やりきって、それでも結果が出なかった時の悔しさ。それを味わう生徒はたくさんいるだろう。でも、悔しさこそが人を育ててくれるのだと、私は思う。たとえどのような結果になったとしても、そのことを彼女たち自身が感じ、誇りを持ってくれたら、と心から願う。

2012年1月25日
by admin

校内発表会①

12月19日。
彼女たちにとってこの日は、これから積み重ねていく3年間の高校生活の中で、必ず記憶に残る大切な一日になったことと思う。

8ヶ月前、最初のクエストの授業をした日、私は彼女たちへ声高に、こう宣言した。「これからみんなが取り組むこの授業で、私は全員を全国大会の場に連れていきたい」と。

そして、クエストの授業のおおまかな内容やクエストカップ全国大会のサイト、それから昨年度グランプリをとった学校の動画などを見せながら、これから私たちがどんなことをやっていくのか、どれだけ大きな舞台で闘うのかについて思いを込めて話した。

生徒たちは「何のことやら?」と呆気に取られながらも何だか大きなことをやるようだ、ということを感じて神妙な面持ちで私の話を聞いてくれた。

こうして、生徒たちの心の準備をしてから始めた授業はとてもスムーズに進んでいった。彼女たちは、今まで体験したことのない“企業でのインターン”という役柄が新鮮で、日頃の授業では見せないような生き生きとした表情を見せた。

フィールドワークやアンケート調査といった具体的な仕事への取り組みが各チームの意識を少しずつ高め、企業の一員であるという意識を芽生えさせるようになった。

しかし、そんな“企業体験ごっこ”から一気に雲行きが変わったのが企業からのミッションが与えられて、ブレインストーミングを開始してからだ。企業で働くことがどういうことなのか、はじめて現実を突きつけられた。

全員が向かい合ったまま言葉を失い固まった状態のチーム、会話のキャッチボールが成立しないチーム、アイデアを思うように共有できないチーム。初めてのことだらけで、話し合いがまともに成立しない状態だった。こうして、不穏な空気が長い間続くことになった。

この頃から不安を口にする生徒が増えはじめた。「頭が真っ白になって、もう無理」「どうしたらよいか全然わからない」。弱音を吐く姿を職員室でも見かけるようになる。

1学期までは和気あいあいとグループワークに取り組んでいた生徒たちも、この頃になると「地獄のような授業」と表現するようになっていた。

教師として間違ったやり方をしているのではないか?本当にこれで良いのだろうか?という葛藤は常に頭をつきまとい、悩んだことは数えきれない。

それでも結局、最後に頭に浮かぶのは「生徒の可能性を信じる」という教師としての信念だった。

彼女たちならば、きっと乗り越えられる日が来る。その言葉を何度も繰り返し、彼女たちを見守った。生徒と自分の根競べの日々だ。

そうこうするうちに、少しずつ生徒たちに変化が現れてきた。何度も何度も無駄に思える話し合いを繰り返す中で、耐える力を身に付け自らの力で壁を乗り越える姿を見せてくれた。その瞬間の生徒たちの輝きは目を見張るものがあった。

大人から見れば、当たり前のように見えるアイデアだとしても死ぬ気で悩み抜き、搾り出したものこそ価値のあるものだということを彼女たちは身を持って示してくれた。

こうして11月頃まで停滞しながら一歩ずつ進み、ようやくアイデアの方向性が見えてきたのは12月に入ってからだった。

12月19日の発表会にはたくさんのお客様が来ることを伝えると、「このままではいけない」という危機感がおのずと芽生え、より一層真剣に話し合いや作業に取り組むようになった。

これを11月からやっていたら…という言葉が一瞬、頭をよぎったがそれもまた彼女たちが身をもって経験すべき教訓なのかもしれない。痛い思いをして、人は初めて学びを深めるものだ。

しかし、ようやく本気になったなと思えるようになったのも束の間、後期中間試験がはじまり、授業の中で作業することができなくなった。

あとは彼女たちがどれほど頑張るか、信じて見守るしかなかった。唯一出来ることといえば、彼女たちが作ったプレゼン資料に目を通してアドバイスをしてあげることだ。

発表会当日までに残された時間は2週間足らず。しかもその間には、大事な試験とそのための勉強、それから学校活動など、彼女たちにはクエストの授業以外にもやるべきことがたくさんあった。

限られた時間の中で、どれだけの力を注げるのか。それもこれも、彼女たちがこのクエストに対してどれだけの思いを持って取り組んできたかを試す試練なのかもしれない。

私は彼女たちに決して強要はしなかった。自分たちのやれる範囲でやりなさい、と伝えた。その理由は彼女たちが思い入れを持って取り組まなければ、決して身にならないと思うからだ。

それでも、たった一度だけ全チームにコメントを返したことがあった。発表会の1週間前に初めて、生徒たちの作品に目を通した時だ。

日頃、ほとんど具体的なアドバイスはせずファシリテーターに徹してきたので、いざ生徒たちの作品を見ると、言いたいことがたくさん溢れてくる。出来ていることよりも、出来ていないことにばかり目がいってしまう自分に、心底嫌気がさした。今、彼女たちにできることは何か、頭を冷やすのに3時間以上かかった。気持ちをリセットして、生徒たちが心を込めて作り上げてきた作品と向き合い、ひとつひとつにコメントを書き上げる頃には明け方になっていた。

教師としてではなく、その企業の社員になったつもりで彼女たちに感謝の心を持ってコメントをすることで、彼女たちの想いを受け止めることができた。

そうこうしているうちに発表会当日となった。彼女たちの作品がどのように変化しているのか、不安と期待が入りまじる中、学校へと急いだ。

2011年12月17日
by admin

校内発表会に向けて

来週、これまでの授業の総まとめとして校内発表会を行う。
それぞれの生徒はどんな思いで、この日を迎えようとしているのだろうか?
そんなことをふと思い、校内発表会の当日配布するプログラムに載せることを
口実に何名かの生徒たちに、この授業を終えた感想を書かせることにした。

彼女たちのありのままの言葉で書かれた文章を読んでみると、
色々な場面が甦り、感慨深いものがあった。
自分が思う以上に、彼女たちはじっくりと考えを深め
乗り越える力をつけていたのだと実感する感想ばかりだった。

クレディセゾンのミッションに取り組んだ生徒は、ブレストをすればするほど
話が分散していき、授業の2時間の間、固まってしまったチームだ。
その姿を見て、胸が痛んだことを今でも思い出す。

こんなに苦しめて、本当に彼女たちのためになるのだろうか。
私自身の考えもブレた。
答えになるヒントを教えるべきか、とても葛藤した。

でも、彼女たちならばきっと乗り越えられる、乗り越えて欲しい、
そう信じて最終的に待つことを選んだ。

「この授業は、他の授業とは違って正解や答えがなく、
分からないところを先生に教えてもらったら解決できる
というものでもなかったので、とても頭を使う授業でした。
頭の中がモヤモヤとしたまま、どこから手をつければいいのかさえ分からず
2時間黙ったままで授業が終わった日もありました。
少し進んでは壁にぶち当たり、その問題が解決できたかと思えば
また違う問題点が出てきたり…
答えのない問題に対する『自分たちなりの答え」を出すことが
こんなにも大変なのか、と思い知らされました。
このまま進んでいいのか、この考えでいいのか確信が持てない中で
作業を続けるのは大変だったし、とても怖かったです。
でも、そんな日々があったからこそ、アイデアがひらめいた瞬間の嬉しさや
モヤモヤがパーッと晴れた瞬間の感動を味わえたのだと思います」

森永製菓のミッションに取り組んだ生徒もまた、企画のアイデアが
二転三転して、なかなか方向性が定まらなかった。
全員の意見を引き出すことにも苦戦していたリーダーは、
自らがたくさんのアイデアを出すことでチームメイトの考えを引き出し、
話し合いを活性化させようと努力していた。

たとえ上手くいかなくても、何度も何度も立ち向かっていく姿は
前半に行ったアンケート調査でも見られたものだ。
何度断られても、粘り強く声を掛けていったこのチームは、
結局150人以上ものデータを集めることができた。
その結果、彼女たちは一つの壁を乗り越えることが出来たのだと思う。

「私は、この授業を通して答えのない問題の難しさを知りました。
理科や数学のように、一つの問題から一つの答えが出るのではなく、
人の数だけ答えがあり、だからこそ何が正しいのか迷うばかりでした。
また、企業から出されたミッションのキーワードも難しく、
考えれば考えるほど深みにはまっていきました。
その上、チームをまとめるという大変な仕事も抱え、
何ひとつアイデアが出ないまま何時間もの授業時間を過ごしました。
その頃の私は、とても無駄な時間だったと感じていました。
でも今は、いい経験だったと言えます。
それは、たくさんの時間を費やした中で出てきたキーワードたちが
今の考えにつながっていると確信しているからです。
今までの苦しさを考えると、その嬉しさはとてつもないものがあります。
私たちは無駄な時間なんて過ごしていなかったのです」

日本経済新聞社のミッションに取り組んだ生徒も、
話が脱線して本題に戻ることなく、不毛とも思える時間を
何度も過ごしたチームだ。
やる気を失って、放心状態になっている姿も度々目にした。
果たして、自分たちだけの答えに行きつくことができるだろうか。
それ以前に、この授業から何か学ぶことが出来ただろうか。
企画を立てることに対して、前向きな気持ちで終わることができるだろうか。
そんな気持ちをずっと抱いていたが、感想を読んでみると
思わぬ気持ちに気付くことができた。

「企画は難産でした。なかなか先に進まないつらさ。
チームの皆それぞれが、すべてを放り出したくなるときもありました。
暗闇の中で“アイデア”という明かりを目指した日々……。
しかし、だからこそアイデアを思いついた瞬間の喜びは
とてつもないものでした。ひとりでは絶対に出なかっただろうと思います。
何気ない雑談から、宝石のようにキラキラと輝くアイデアが生まれ出ることを
初めて経験ました。
私は今、とてもワクワクしています。たとえ周りから変な企画だと言われようとも、
今はただ、この企画の面白さ・楽しさを、少しでも皆さんに届けることが出来る
プレゼンが出来ればいいな、と思っています」

スカパーJSATのミッションに取り組んだ彼女は、どちらかというと
控えめな性格の生徒だった。
そのため、授業を始めた頃は、ほかのチームメイトの発言に
圧倒されているような姿もしばしば見受けられた。
そんな彼女も、最後の追い込みの頃には「ここぞ」という時に
自分の考えをしっかり発言できるほどに成長していた。

「限られた時間の中で一つのものをグループで作り上げる難しさと大変さを知り、
一人ひとりの働きがいかに重要かということを改めて学びました。
この授業を体験して、自分の仕事に責任を持って行動し、
真剣に作業に取り組むことが増えました。そして、以前よりも自分に自信を持って
行動・発言できるようになったと思います」

そのほかの生徒たちも、心に響くさまざまな感想を残してくれた。

「逃げられないということもあったけれど、諦めないことを改めて学んだ」

「人の隠れた才能を見ようとするようになった」

「日々の生活の中で、常に社会に目を向け課題を見つけ、問題解決するようになった」

「自分の意見を出すことがいかに大切なことなのか痛感した。

普段何気なく過ごしている毎日の中に、たくさんの人の思惑や考えがあって
社会が成り立っていることを意識するようになりました。
それと同時に、メンバーに対して自分がどう発言すれば相手に伝わるのか悩み、
考えるようになりました(現在進行形ですが)」

クエストの授業の醍醐味は、「生みの苦しみを味わうこと」だと私は思う。
“QUEST”とは“探求する”という意味だが、何か一つのことを探求することは、
暗闇の中をさまよい自分だけの真理を見つけることだと捉えている。

“地獄のような時間だった”と表現している生徒もいたくらい
とにかく辛く険しい時間を過ごすことになった彼女たちは、
身をもってその探求の意味を体験した。

通常の授業ではなかなか実現できない
「子どもたちの心の中から出てくる答えをひたすら待つ」という時間は、
学校現場ではどうしても軽視されがちだが
彼女たちは、この辛く険しい時に逃げずに向き合ったからこそ、
学びをしっかりとそれぞれの中で深めることができたのだと思う。

子どもには、本当にどこまでも無限の可能性が秘められている。
それを実感できるのも、このプログラムの魅力だ。
私たち教師が教室に存在する意味を挙げるとするならば、
彼女たちの可能性や隠れた才能を最大限引き出してあげることだろう。

自分がそれをどこまで出来たか、と自問自答してみると
まだまだ力及ばずだったな、と反省することばかりだが。

来週の発表会本番に向けて作成した生徒たちのプレゼンテーション資料は
まだまだ荒削りだが、彼女たちの努力の足跡をしっかり感じ取れる中身だ。

これまで費やした長い時間をどのような形で昇華することができるか。
あますところなく自分の目に焼き付けたいと思う。

2011年11月18日
by admin

悶々とした日々

クエスト授業も残すところ、あと1ヶ月ほどで終了する。
生徒たちは、企業に提出するための資料作りの追い込みを迎えているが
一向にペースが上がらない。 

彼女たちはさまざまな問題を抱えていた。
と、同時に、それは教師としての私自身の問題でもあるのだ。 

例えば、チームワークが取れていないことがそうだ。
自分の意見が言えず、取り残されている生徒。
指示をされないと、何をしたらよいか分からずただ黙って見ている生徒。
ふざけて話合いに参加しない生徒。
逆に、一人だけで頑張って孤立する生徒。 

こういった生徒たちを目の前にして
教師としてどのように対応すべきか、という問題。 

それから、生徒たちの思考が停止したとき発する
「どう考えたらよいか分からない」
「難しいから、無理」
という言葉に対して、どう接したらよいか。 

クエストの授業に限らず、学校内では
ごく当たり前のように目にする光景である。
こんなとき教師は、怠けている生徒に対しては叱り、
取り残された生徒や、黙って見ている生徒がいれば
細かい指示を出すだろう。 

そして、チームワークが取れていないことに対して
具体的な役割を与えることで、その生徒のレベルに合わせて
達成感が得られるような配慮をする。 

わからないことがあれば直接答えを教えたり、
アドバイスするのも教師として当然の仕事である。 

また、授業がきっかけで不登校になる可能性があると判断すれば、
未然に防ぐために細心の注意を払い
個別のフォローに取り組むことも暗黙の了解となっている。

でも、本当にそれで良いのだろうか?

そんな疑問を、クエスト授業を始めてから
考えるようになった。 

企業から出されたミッションに答えることを通して
チームワークの構築も、自分のやるべき役割も
問題にぶつかったときに乗り越えるための術を模索することも
自らが気づき、試行錯誤しながら、頭ではなく身体で覚えていくことが
大事だと思うようになった。 

また、半年もしないうちに大学を休学する卒業生を見るうちに
些細なことで簡単に諦めてしまうのではなく、
どんな困難も乗り越えてゆける逞しい心を身に付けて
卒業していって欲しい、という気持ちが芽生え始めた。 

そして何よりも、成長の裏には目に見えない苦しみや、
結果の出ないもどかしさが社会に出れば沢山ある、ということを
このプログラムを通じて彼女たちに気づかせたくなったのだ。 

そんな背景もあって、この数週間は必要以上に言葉を掛けず、
ここはどうしても、というときだけさりげなく感じたことを、
ありのまま伝えるように心がけた。 

残された時間内で作品を本当に仕上げることが出来るか、という不安と
チームが抱えるさまざまな問題に、彼女たちが向き合ってくれるか
というもどかしさと、色々な感情が交錯するなか、悶々と過ごした
数週間だった。 

校内発表会まで、あと1ヶ月。
大きな成長と呼べるものは未だ見えないが、
それでも、彼女たちが見せてくれた
小さな変化を信じてあげたいと、心から思う。 

彼女たちが授業の中で見せてくれた「壁を超える瞬間」と、
その小さな積み重ねの中には、
彼女たちを成長に導く確かな何かがあったと確信できるからだ。 

ミッションが出されてから2ヶ月余り、方向性が定まらず
どのチームよりも出遅れていた森永チーム。 

ミッションのキーワードとなる「きらめき」をどう解釈するか
生徒や先生に聞いて回るうちに、ますますわからなくなって
悩む姿を何度も目にした。 

「森永チームは、どんな感じ?」 

「まったく方向性が見えないです、どうしたらいいでしょうか…」

「うーん…。もう少し考えてみようか?」

そんな進展のないやり取りを何度となく繰り返してきたけれど
先週の授業で、ようやく自分たちで突破口をみつけた。 

それは、全国の小中学校で「授業」という媒体を通して
森永のキャンペーンを行おうという案だ。 

森永のブランドイメージを、子どもたちの柔軟な発想力で変革するとともに、
子どもたち自身の創造性や道徳観をも自然と育てられるような授業プランと
それを提供するための具体的な仕組みを考え始めたのだ。 

これまでの学校の授業や行事で自分たちが感じてきた「やらされ感」を
払拭したいという思いや、それとは逆に、小学校時代の道徳の授業で
身をもって体験した「物事の善し悪しをじっくり考える時間の大切さ」の実感が、
その下地にあったようだ。 

自分たちが考えた授業が、全国の小中学校で「キラメク」瞬間をもたらすことを
夢見て、ようやく一歩前に進み出したのである。 

また、他のチームでも、じっと黙って見ていた生徒のポツリと発した一言が
企画をレベルアップさせるきっかけをつくることもあったし、
周りのメンバーが協力してくれず、なかなか成果が出せずにいた生徒が
そんな状況にもめげずに、密かに休日を使って、街を歩いたり、
大人にインタビューするなどして、
ヒントになる情報をチームに持ち帰ってきたりしたこともあった。 

山あり谷あり、の繰り返しながらも
それでも一歩ずつ、その子なりに考え
行動をおこそうと模索しているのだと感じた。 

これまで、必要以上にフォローしたり、先回りして声を掛けたりしたことが
如何に彼女たちを「偏見」というフィルターで見ているかを物語っている。 

そんなことをしなくても、彼女たちの心の中には必ず
「このままではいけない」「役に立ちたい」という気持ちがあり、
ほんの小さなきっかけさえあれば、
それが現実の行動に現れることがあるということに気づかなければならない。 

平凡な日常の中で、見落としてしまいそうなぐらい小さな変化を
彼女たちはしっかりと積み重ねてきたことを絶対に忘れてはいけないな、
と反省した一日となった。

2011年10月2日
by admin

自分の殻を破る

今日はまさに、生徒たちの五感が開く瞬間を
目の当たりにした一日だった。 

その瞬間は、いつもと変わらぬ風景の教室の中で突然やってきた。 

昨日までの自分を乗り越え、未知の世界に足を踏み込んだときの
子どもたちの表情というのは、何と無垢で美しいのだろうか。
自由奔放に、心の底から楽しんでいる。

企業から出された課題(=ミッション)に答えるために話し合い、
その時に出たアイディアが書かれた付箋やホワイトボードに
全神経を集中させながら、自分たちの頭だけで問題を打破しようとする姿は、
半年前の彼女たちからはまるで想像できない光景だった。

このような変化の背景には、先週の授業での生徒と私のやり取りがあった。 

生徒たちは答えが簡単に出せない焦りからか
適当な妥協点を見つけて、無理に企画をまとめようとしていた。

日頃の授業では味わうことのない、答えの出ないもどかしさに耐えられず、
そこから早く解放されたい、という彼女たちの切実な思いが伝わってきた。
高校生の単なるお遊びで終わるか、ひとりの企業人として本気になれるか、
彼女たちはまさに岐路に立たされていた。 

そんな生煮えの状況に耐え切れず、先週の授業の最後に
つい、私が感じたことを彼女たちにぶつけてしまったのだ。

「この企画を実行することで自分たちの望むべきゴールが実現できる、
 と本当に胸を張って言い切れる?」

すべてのチームが首を横に振った。
じゃあ、どこに違和感を覚えるのか。
更に問いかけると、返答に窮して全員が黙り込む。
重苦しい空気の中、そのまま何も手を付けられず時間切れとなったチームもあった。 

そんなやり取りから一週間後の今日の授業は、
自分たちのアイデアを振り返ることが出来るように
幾つかの逃げ道を提示してからスタートした。

しかし、彼女たちは私の与えた逃げ道を誰一人使うことなく、
ひたすら思いついたことをホワイトボードに書き連ねるという作業を黙々と続けていた。
その姿からは、自分たちだけの力で答えを絶対にみつけるのだ、
という強い思いが滲み出ていた。

人は絶望的な状況に追い込まれたとき
初めて、自分の本当の意思というものを認識するのかもしれない。
どこに進めばよいか、見当もつかないもどかしさに必死で耐えながら
自分自身の心にひたすら問い続ける姿がそこにあった。

自らの力で殻を破り、自分たちの心に火をつけようとしていた。

生徒たちは今回のプロセスで、ただ闇雲に先を急ぐのではなく
自分たちの納得できる答えが見つかる瞬間まで、何度も繰り返し考え続けながら
機が熟すのをじっと待つ、ということを無意識の中で学び取ったようだ。
安易な答えに飛びつくのではなく、仲間と一緒にじっくりと考えを深めていくコツを
少しだけ掴んだのかもしれない。

私は彼女たちの懸命な姿から、物事に取り組む者自身の心が燃え上がらなければ
決して人の心を動かすような創造はできない、ということに改めて気づかされた。 

私自身の経験に置き換えてもそうだ。
葛藤する時間が長ければ長いほど、自分の魂に火がつき、本気で問題と向き合えた。
そんな時間は今でもかけがえのない人生の糧となっている。 

彼女たちには、こうした尊い学びを何気ない日々の中で積み重ね、
たくさんの人生の糧を持って卒業していって欲しい。

そして、昨日まで見えていた狭い世界が、ほんの小さなきっかけで無限に広がっていく
そんな素晴らしい瞬間を、このプログラムを通じて味わう日が来ることを確信しながら
この日の授業を終えた。

2011年9月27日
by admin

クエストエデュケーションプログラムが教えてくれること

”生徒たちの可能性を信じて待つ”

言葉にするのは簡単だけれど、それを続けることは
本当に至難の業だ。 

ちょっとした生徒の行動や表情の変化に心が揺らぎ、
手を差し伸べようとしてしまう。
でも、その一瞬の判断ミスが命取りになることもある。 

クエストプログラムは、生徒の探求する力を育てると同時に
このプログラムに携わる教師自身の力量を試される
とても深いプログラムなのではないかと思う。 

如何にして生徒の探求心を掻き立て、やる気スイッチを入れるか。
生徒の様々な苦悩や葛藤を忍耐強く見守り続けられるか。
瞬間瞬間の生徒の行動や表情を読み取って、
言葉を投げるべきか突き放すべきか、の判断を下せるか。 

「生徒たちが輝き 探求心を引き出す 今までにない授業を創り出せ!」
先生もまた、答えのないミッションを与えられ
真剣に向き合っているのではないだろうか。

前回の授業では、協力企業の方々が初めて訪問し、
ブレストの授業に入ってくれた。
生徒たちと同じ目線で一生懸命話しかけ、
それぞれの心の中に眠っているアイデアやひらめきを
引き出そうとする企業の方々の姿とは裏腹に
生徒たちは緊張と慣れないブレストの作業に疲れ
言葉すら浮かばない状態だった。 

焦れば焦るほど、生徒の心は追い付いていかず
「何も頭に浮かばない、どこに進んでいったらよいかわからない」
という恐怖が、表情から読み取れた。 

答えを言ったらどんなに楽になれるか。
心の迷いが何度も頭をもたげる。
悶々とした気持ちの中で授業を終えた。

生徒を良い方向に導けなかった自分の力量のなさに打ちのめされ、
いつもよりも暗い気持ちになりながら
企業の方々を玄関まで見送りに行った。 

すると、授業で殆ど言葉を発することができなかった生徒が
突然、たった一人で玄関にやって来た。
他の生徒たちが清掃作業をしている中、
彼女は私のそばで企業の方々をじっと見ていた。 

傍から見たら、妙な光景だったかもしれない。
でも、私には彼女の溢れる思いが行動を起こしたのだと
直感していた。 

「●●ちゃん、わざわざ見送りに来てくれたんだね。」
ただでさえ、自分の気持ちを表現するのが苦手な生徒だ。
一瞬、心の中で「ありがとう、って言うんだよ」
と、言いそうになったが、ぐっとその言葉を飲み込んだ。
たとえその一言が出なかったとしても、彼女は行動で
精一杯の気持ちを示してくれたのだから。 

しばし沈黙の時間が流れる。
彼女は企業の方々が靴を履くのをじっと黙って見つめ続けていた。
全員が靴を履き終わって、こちらを向いた瞬間
「ありがとうございました」とびっくりするくらい大きな声でお礼を言った。 

彼女は今日という日を、とても楽しみにしていたのだろう。
でも、自分の気持ちに反して授業で積極的に関われなかった
もどかしい気持ち。
どのように関わっていけば良いかわからず
とても苦しい2時間を過ごしたのかもしれない。 

彼女は自分に一生懸命関わってくれようとした人たちに
精一杯の感謝の気持ちを伝えたくて、勇気を振り絞って
彼女にとって一番苦手な「言葉で伝える」という行動を起こした。 

生徒の成長に焦ってばかりいる自分を
見透かされたような出来事だった。
生徒一人ひとりの成長はスタート地点もスピードも
違って当たり前なのに、その当たり前のことを見失っていた。 

そして、その成長を感じられるのは決して授業の中だけではない。
このプログラムを通じて、彼女たちの成長は
そこらじゅうに散りばめられているのかもしれない。

2011年9月20日
by admin

企画会議を開く②

今日も先週に引き続き、ブレストの授業を行なった。
ただ、前回とは話合いをするための形を変えてみた。
机と椅子をとっぱらい、床でもなんでも好きなところに座らせ、
付箋を貼った紙と向き合わせてみた。 

前回は、班形式に机を島に並べて
生徒たちにブレストをさせてみたのだが
まるで学級委員会の話し合いのようで
型にはまった重苦しい雰囲気になってしまった。

そのように机と椅子を並べたのは他でもない私だが、
「話合い=班形式」という枠にとらわれている自分もまた
まだまだ学校の常識という「型」から抜け出せていないのだと
痛感した。

そもそも、大人だって会議室に閉じ込められ
机を向かい合わせたピリピリとした雰囲気の中で、
創造的なアイデアを出せと言われても、限りなく不可能に近い。
そんなことは自分だって十分経験してきているはずなのに
立場が変わると、全く同じことをやらせてしまっているから怖い。 

かといって、いつもと違う雰囲気でやったところで
劇的な変化があるという確信もないわけだが
何事もトライ&エラーだと自分に言い聞かせ
ひたすら生徒たちの様子を観察することにした。 

話し合いが滞っているチームを見ていると、あることに気付く。
それは、付箋をサラっと書いて、何も言わずにそれを貼っていくのだ。
あるいは、言葉を発しても、周りのチームメイトはそれにからむでもなく、
何事もなかったように、ただじっと眺めているのだ。

それはあたかも、キャッチボールをしているのに
誰も見ていない方向にボールを投げているような
あるいは、投げられたボールを黙って見送っているような光景だ。 

生徒たちが、何故こういう状況が苦手なのか考えてみると、
思い当たることがあった。 

失敗するより以前に、自分の投げたボールを拾ってもらえるか、
あるいは例え拾ってもらったとしても「下手だな」と思われるのではないか
という言いしれぬ不安を抱えている。
他者に自分の考えを受け入れてもらえるかどうか不安で
反射的に心が閉じてしまう場面をこれまでにも何度か目にしてきた。 

控えめな性格といえば聞こえはいいけれど、
他人の視線や言葉に過剰に敏感になってしまうあまり
人前で自分の考えを話すことすら出来ないのだ。

その一方で、話し合いが活性化しているチームは
話が脱線しつつも、大人が想像できないような面白いアイデアを
出して、笑いながら賑やかに話が進んでいる。 

それがきれいな形で収束するかどうかは別として、
どんな些細な思いつきでも、臆することなく言葉にして発することで
周りがそれに反応して、ああだこうだ、と展開していく。 

同じ時間を過ごしていても、両者には大きな違いがある。
それは、この時間そのものを楽しんでいるかどうか、ということだ。

相手の反応や結果を意識することも大事だが、
それに縛られて良い発言をすることばかりに意識が向いてしまったら
逆に何も良いものは生まれない。 

まずは自分自身がワクワクしなければ
良いものは作れるはずがないのだ。

どんな人でも必ず持っている心がある。
それは、幼子のようにどんな些細なことにも不思議を感じる心。
結果を恐れず何か新しいことを生み出そうとする勇敢な心。
昨日までの自分を乗り越えたとき、生きる喜びと手ごたえを感じる心。

その心を引き出すには、とにかく手段を頭で考えるのではなく
本能に任せて、これだと思うことをやってみることだ。
成果が明確でない無駄な時間は、学校では悪とされがちだが
私の授業では敢えて無駄を推奨したい。
そのような時間にこそ、育まれるものがあると信じているから。
じっくりと、彼女たちが考え、自分オリジナルの考えを発する楽しさを
味わってもらえるように。

2011年9月11日
by admin

企画会議を開く

今日は後期一回目の授業、企業から出された課題(ミッション)
について、その答えを考えるための企画会議を開いた。

彼女達がインターンとして所属している企業はクレディセゾン、 
スカパーJSAT、大和ハウス、テーブルマーク、日本経済新聞社、
そして森永製菓の全6社。 

どの企業も一筋縄ではいかない深いミッションを提示している。
例えば、「日本の未来をここからつくる 人が集い、歓び、
つながる 100年続くまちづくり計画を提案せよ」といった具合で
その企業がまさに今、本気で考えているテーマを
そのまま子どもたちに問うているのである。

企画会議というと、ひたすら話し合いを重ねるイメージがあるが
この授業では「ブレインストーミング(通称ブレスト)」という
手法を使って企画案を練り上げていく。

まずは自分の所属する企業から出されたミッションを見て、
そこからひらめいた言葉や感じた言葉をひたすら付箋に
書き出す作業をする。

 

しばしの静寂の時間。思い思いの言葉を何枚もの付箋に
書き連ねていく姿は、何度見てもドキドキする。

続いて、各々が書き出した付箋を声に出してシェアしながら
机の上に並べていく。意味の近いもの同士を分類し、
それぞれの付箋の関係性を考えたりしながら
そこから自分たちの企画案を紡いでいくのだが
そこで急に流れが止まる。

生徒たちは、簡単に答えが見つからない問いに対して
すっかり途方に暮れてしまったようだった。 

付箋に書き出した言葉を口々にいいあっていたときの
イキイキとした姿とは一変して、互いが言葉を失い、
目の前に並んだたくさんの付箋を眺めながら
なんとも困惑した表情を浮かべている。 

方向性を示されない恐怖に支配された生徒の表情は
絶望的にすら見える。
それを見てしまうと、助け船を出したい、と無条件に思う
教師の本能的反応との葛藤。

これは日頃の授業や学校内での活動では、
殆ど見られない光景だ。
通常は、生徒が答えを見つけられないとき、
教師はゴールに向かう手順を与える。

少し自分で考えれば誰もがそれなりのゴールに近づけるように、
生徒の力量に合わせて適当な塩梅でゴールに至るまでの
手順を設定する。

そして、少しの工夫の余地を残すことによって生徒たちに
「達成感」という小さなご褒美を与えるのだ。 

ところが、この授業ではそんな妥協は一切許されない。
ひたすら生徒たちを問題と正面から向き合わせ、
考えさせるのだ。 

感じたことをそのまま言葉として吐き出してほしい。
心でそう願いながらも、いざ目の前で生徒が考え込んで
焦れば焦るほど無理にまとめようと必死になっている姿を見ると
何か言いたい衝動に駆られるのだ。
これも一種の職業病だとわかりながらも。 

ブレストの最大の肝は「感じたことをそのまま言葉にすること」
であると私は思う。

目にした言葉、他の人が発した何気ない言葉から感じたことを
どんな小さなことも拾い上げ、“恰好つけずにありのままの言葉で”発する
勇気こそが思いもよらぬ発想を生み出すきっかけになるのだと思う。

イメージとしては、幼子が母親に「なんで地球は丸いの?」と尋ねる
何気ない質問のようなものだ。 

人は本来、誰もがそんな何気ないことにも不思議を感じる
感覚を持っている。
しかし、目や耳から入る情報が蓄積され、様々な人と関わるうちに
少しずつ「心で感じたことを言葉にする」感覚を押さえつけられ
素直に感じる心をどこかに置き忘れていくのかもしれない。 

ブレストの理想的なイメージとして、もう一つ思い出すのが
放課後の生徒たちの何気ない会話だ。
気心の知れた仲間と、心の赴くままに延々と会話をする感覚。
話題があちこちに飛んで、とりとめのない話が
思わぬ方向に逸れていくとき心が最大限に開いて、
一切飾らない生の言葉が浮かんでくるものだ。
そんなときこそ、人は創造的な発想が出来るのではないかと
感じている。

これからどれだけの時間が掛かり、その結果、どんな場所に行きつくか
わからないけれど、恐れず、飾らず、「これってどういうことだろう?」という
幼子のような心を持って浮かぶ限りの言葉を吐き出してごらん。
仲間が発した言葉を心で感じて、思い巡らせてごらん。
そんな人にこそ、自らの奥底に眠っている「心の声」が天から降りてくるから。 

来週の更なるブレストに向けて彼女たちに、このことを実感してもらえるよう
授業冒頭部分でしっかりマインドセットできる仕掛けを考えよう。
彼女たちの本来持っている感覚を呼び起こすことが、来週の私に与えられた
ミッションである。

そのためには私自身も、彼女たちの一挙手一投足にも心を配り、
肌で感じて、自らの心の声を引き出さなければならない。  

そして、何よりもまずは生徒たちの底力を信じよう。
そう心に誓った一日となった。

 

2011年7月14日
by admin

前期授業を振り返る

今日は、前期授業の締めくくりとして作文の課題を出した。
目的は、生徒と私自身がそれぞれ授業の振り返りをすることだ。 

振り返ってみたら、今年度から始めた「クエスト」の授業は生徒にとっても
私自身にとっても、困難の連続だった。

ワークブックの内容に触発されて、つい色々な話に脱線してしまい
授業時間をオーバーするのは当たり前、チームでの発表準備では、
生徒たちが放課後遅くまで残って他の授業に支障をきたすこともあった。 

そこまで生徒たちが熱中することは嬉しい限りではあるが
その反面、他の先生方には相当迷惑を掛けてしまったのも事実だ。
授業運営という意味では、課題が山積みだ。

でも振り返りをしたかった一番の理由は、授業の中だけでは
生徒たちの本当の声を拾い切れていないのではないか、ということだった。 

生徒たちの感じたことは、一体どのような形で文章に表れるのだろうか。
そして、その声を自分は真摯に受け止めることができるだろうか。

期待と不安の中、いざ生徒たちの作文に目を通してみると、
予想以上の衝撃を受けた。 

何気ない日常の中にこそ、成長のエッセンスが隠されていることに
改めて気づかされた。

人は本気で何かを掴もうとするとき、挫折や悔しさをめいっぱい味わう。
そして、それを乗り越えようとすることで底力が生まれてくるのかもしれない。 

作文の中で、ひときわ目を引くものがあった。
それは、普段から何事においても積極的に取り組むことがなく
感情をあまり表に出さない生徒のものだった。

その生徒はクラスで唯一、インターンする企業を決めることができなかった。
「決められないから、どれでもいい。」というそっけない彼女の一言に
「それじゃあ、私が決めてもいい?」と、言葉の本当の意図を汲み取らずに
インターン先企業を決めてしまった。 

「決められない」本当の理由が作文の中に書いてあった。
彼女は、どの企業も魅力的で一つに絞れなかったということを
つたない文章で綴っていた。

6社のインターン受け入れ企業の動画を見ながら、彼女がどれほど胸躍らせ
期待でいっぱいの気持ちになっていたかを想像すると
浅はかな自分の思い込みに、とても恥ずかしい気持ちになった。 

街頭アンケートで駅前に調査しに行ったときの、彼女の姿も印象的だった。
彼女以外のメンバーが、見ず知らずの人に一生懸命声を掛けている中で
一人だけ壁にもたれて、じっと皆の様子を眺めていた。
彼女がただ単に、やる気がないのだと感じていたが、それも大間違いだった。

彼女は目の前にいる人にどのように声を掛けたらよいか混乱してしまい、
その場にいることが精一杯だったのだ。
そんな自分の不甲斐なさを、作文に切々としたためていた。 

同じようなことを書いていた生徒がもう一人いた。
その生徒は、先生に声を掛けることすらままならないくらいシャイな生徒だ。

彼女は誰とも群れをなさず、一人で街頭インタビューに挑戦していた。
でも肝心の一言が出てこず、見知らぬ人の後ろを
ひたすら追いかけることを繰り返していた。
結局、一時間余りの調査では誰にも声を掛けることができなかった。 

その生徒もまた、声を掛けることすら出来なかった自分に
心底悔しさをにじませていた。
そして、その日の帰り道、家の近所で勇気を振り絞って道行く人に
アンケートをお願いしたこと、たくさんの人が協力してくれて
人の優しさに触れて感動したことを綴っていた。

この作文を書かせなかったら、知らないうちに
生徒の乗り越えるハードルを下げて小さなステップの達成を
手放しで喜ぶ安易な自分の姿勢に、絶対に気付かなかっただろう。

思わぬ場面で味わう悔しさは、人をぎりぎりの状態に追い込み
自らの内なる心の声を感じ取るきっかけをつくるのだ。
そんな心の声に気づいたとき、初めてその壁を乗り越える
決意が生まれるのであり、そういった本能を誰もが生まれながらにして
備えているのだと思う。

生徒たちが、そんな心の声に気づいたとき教師として、
どんな後押しができるだろうか。
彼らの心の声を受け止める神経を、
もっと研ぎ澄まさなければならないことを感じさせてもらった一日となった。

2011年7月5日
by admin

アンケート調査結果を報告する

今日は、インターン先の企業から出された初仕事
「アンケート調査」の結果を校内で発表する日だ。           

今回の授業の目的は、インターン先企業が提供する
商品やサービスについて、世間の人がどのように感じ、
どんなニーズがあるのかをアンケート結果から正確に捉え、
分析し、発表することである。           

でも、その裏にあるもう一つの目的は、自分たちの足で
街の人々の声を集めることによって感じる
「社会との繋がり」を意識させること。
アンケートを断られたり、逆に励まされたりする中で
自分たちが社会と繋がっていることを、肌で感じられる貴重な体験だ。

この経験を経て、生徒はようやく企業の一員として、
真剣に問題に取り組むモチベーションをつかむのだと思う。           

果たして生徒たちはどんな気づきを得られたのか
私も五感を開いて、心を開いて、生徒の発表を受け止めたい。

プレゼンテーション1時間目は、発表前の最終調整として、
資料の修正や担当の割り振り、練習を行う時間にあてた。
まるで教師の存在など忘れたかのように
無心になって集中する生徒たちの姿の何と美しいことか!

特に印象的だったのが、大和ハウスチームの秘密特訓。
彼女たちは隣の空き教室に移動して、何度も何度も時間を計りながら
練習を繰り返し、発表を時間内に収めるように、そして思いを乗せて
話せるように、言葉をひとつひとつ自分たちの頭の中になじませていた。
人間が追い込まれた時に発揮する集中力の凄さに圧倒されつつ、
皆のプレゼンが成功することを心の中で祈った。           

2時間目、いよいよ本番。
審査員として、何名かの先生に入ってもらったことで
生徒たちも日頃とは違う雰囲気を感じ、
一気に緊張した面持ちに変化した。

   

今回の発表会は、全員が審査員となって相互に審査を行い、
ナンバー1のチームを決定する形式を取ることにした。
各チームのリーダーにクジを引いてもらい決まった発表の順番は、
①スカパーJSAT②クレディセゾン③森永製菓④大和ハウス
⑤日本経済新聞社⑥テーブルマークの順。制限時間は3~5分。           

結果は、どのチームもとてもがんばっていたが、
話したいことがありすぎて、情報がまとまりきれなかったという様子。
それもそのはずで、先週行った街頭でのアンケート調査のサンプルが
少ないところでも52枚、多いところでは何と180枚も取ってきていた。
たった1週間の中で生徒たちが集めたアンケート結果は、
たくさんのドラマが詰まった汗と涙の結晶だった。                    

特に圧巻だったのは、森永チームのメンバーが集めた
180枚の回答用紙。
授業時間内だけでは飽き足らず、放課後2日間連続で駅前を歩き回り、
180人もの方に協力してもらったという。
そんな彼女たちの集めた貴重なデータには、あまりにもたくさんの思いが
詰まり過ぎていて、まとめるのにもとても苦戦したようだった。
もう一時間あれば、後悔のないプレゼンをさせてあげられたよな…と、
教師として申し訳なく思った。

しかし、彼女たちの発表はまだまだ荒削りではあるけれど
今できる精一杯を伝えてくれた。物事に取り組むときは、
カタチも大事だけど、まずは思いを満たす事が大切であることを
教えてくれた。           

各チームの発表があまりに白熱して、6チームすべてが終わる頃には、
予定時間を30分もオーバーしていた。
すぐに全生徒と審査員による投票が行われ、
栄えある1位に輝いたのは、「クレディセゾン」と「大和ハウス」の両チーム。
同点優勝となった。

この2チームに共通して素晴らしかったところは、
①時間内で簡潔に自分たちの考察や提案を盛り込めたこと
②自分たちのオリジナルの言葉で、思いを乗せて発表できたこと
その結果、聴衆の心に残り、多くの審査員に支持されたのだと思う。

授業後、ひとりの生徒が私にこんな言葉を残してくれた。
「他のチームの発表を見ることで、自分一人では気づけない
たくさんのことが学べた。この気づきを、必ず後半のミッションを
取り組む際に役立てたい。」と、力強く語ってくれた。           

教師が何も言わなくても、自分たちで互いに学び合う姿勢、
彼女たちの計りしれない底力に、ワクワクした一日となった。