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teacher's voice

先々月から3回にわたり、クエストカップ2013全国大会で
グランプリ受賞を果たした各校の先生インタビューをお届けしています。
シリーズ最後を飾るのは「自分史」部門でグランプリを獲得した
埼玉県立皆野高等学校です。

2005年からクエストに取り組んでいる同校は、
ビジネス総合の授業の時間を使って
進路探究コースを導入しています。

過去に、何名ものグランプリ受賞者を輩出してきた駒村先生は
独自の指導スタイルで生徒たちの個性や感性を最大限に引き出し、
魅力的な作品を作り出してきました。

今回はそのエッセンスを探るべく、お話をうかがいました。

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先生インタビュー【埼玉県立皆野高等学校 駒村 哲先生】

Q.御校の生徒たちの自分史は過去編も未来編も素晴らしい
作品がたくさんありましたが、生徒たちに執筆させる際に、
何か心がけていることはありますか?

A.生徒たちを自由に解放してあげることですね。
といっても、何でもかんでもやりたい放題やらせるのではなくて、
自由は規律の中にこそ生まれるものなんです。

だから「自由に何でも書いていいよ」といいながらも、
書き方としてダメなものはダメとはっきり伝えることから始めます。

例えば、生徒たちの中には、自分の年表をつくったあと、
単純にその年表をなぞって文章を書いていく子が多いんですよね。
そのときはすかさず
「それは年表のあらすじであって、作文ではない!」
といっちゃうんです。
そうすると、生徒は「じゃあ、どうやって書けばいいんだ!?」
というような表情をしながらも考えます。
時には怒ったり、ふてくされたりしながら(笑)

生徒たちは迷いながらも一生懸命考えようとするんです。
そして、行き詰って飽和状態になったときに
すかさず「こんな書き方もあるよね」というように
いろんな言葉のボールを投げるんです。

例えば、面白かったことや辛かったことを分類してみたら、とか
その中から一番書きたいテーマを選んだとき、
それを軸にどのように過去のエピソードと結んでいくか
線でつなげてごらん、とか。

だから、自分が何かボールを投げるときは
特定の生徒に向けてではなく、
「だれかが拾ってくれるかな」という感覚で
授業中、何度も投げます。
生徒それぞれ受け取ってくれる球は違うと思うんです。

ただし、答えは教えません。
あくまで一例として、いろんな方向性をさらっと語りかけると
それがきっかけになって書き始めたりするんです。

Q.御校が進路探究コースの自分史執筆に力を入れている
理由は何ですか?

A.最近の子って、妙に現実的な考え方をしますよね。
諦めが早いというのかな。
自分で自分の可能性を潰してしまっている子が多いように感じます。
進路の話をしても、自分の将来に対して正面から向き合わない。

だから、生徒たちに自分史の目的を説明するとき、
「自分自身と話をしなさい」ということを何度も伝えます。
このプログラムをやっている理由はそこにあります。
自分の内面と正面から向き合うことで
将来にしっかり目を向けて巣立ってほしいんです。

といっても、そう簡単に自分と向き合うことはできません。
そこで私が特に意識してやっていることは机間巡視をしながら
生徒と雑談のような形でいっぱい言葉を交わすことなんです。

雑談っていうのは、つまり、生徒たちに
人生のターニングポイントをどこの視点でとらえるか
わからせるきっかけを与えることなんだと思います。

生徒が何気なく発したひとことには、色んなメッセージが隠れています。
そのボールを拾い、方向性を示すのが私の役目です。
「それってどういうこと?」
「なんでそう思った?これは○○っていうことかな」
というように、自然体で彼らが語れる場を作ってあげると
自分すら気づかなかった新たな一面が浮かび上がってきて、
それがきっかけで一気に筆が進むなんてことは多々あります。

数年前の授業でこんなことがありました。
高2が終わっても、進路がまったく決まっていなかった
男子生徒がいたのですが、彼は3年で自分史執筆を書く段になって
案の定書けないわけですよ。

そこで、彼がどんなことに興味を持っているのか聞き出す。
「車が好き」という、たったひとことをきっかけに
彼と色々なことを話しましたね。
最終的には彼が考えもしていなかった自動車の整備士という
選択肢に行きつき、未来の自分史を書き上げ、
卒業後、整備士の専門学校へ進学しました。

そして現在、彼はホンダの整備士として活躍しています。
未だに彼とそのご両親と会う機会があるのですが、
その度に「あの時間があったから、今の○○があるんだよね」
と感謝されていますね(笑)

Q.自分史を執筆する際、生徒たちの指導で
工夫していることがあれば教えてください。

A.まず大前提として、自分史の過去編と
未来編の執筆のスタンスを分けて考えています。
過去編は過去の事実であって、それを自由に書くように指導します。
ただし、「書きたくないことは書くな」ということと、
「みんなに向けてではなく、私(先生)に向けて書きなさい」
というようにしています。

プログラム的にはクラスで発表することを推奨していますが、
自分は人に見せる必要はないと考えています。
その理由は、過去編を執筆するときには、
辛いことや苦しいことと向き合うこともあるので、
外に向けて話そうとすると、
その生徒の生のことばを書けなくなってしまうからです。
自分自身と向き合って言葉にする方が遥かに重要じゃないですか。

一方、未来編を執筆するときは、「とにかく否定しない」、
そして生徒たちの壁を取っ払うことを意識しています。
「想像・妄想大歓迎、ただし暴走はダメ」
ということもいったりしますね(笑)

未来編は自分の未来を想像したり、妄想したりしながら
年表を埋めていきますが、そこで必ずぶつかる壁が
自分が想像した未来の憧れの姿と現実とのギャップです。

せっかく楽しく想像してみても「お金がない」「英語がしゃべれない」
「家柄がよくない」というネガティブな現実をすぐに考えるんです。
そんな生徒を見た瞬間、「そんなことはどうでもいい!」
ということを色んな例を出して、壁を取っ払います。

現状の自分がそれに見合っていないから
考えることを止めてしまうというのは違うと思うんです。
だって未来のことはわからないじゃないですか。
当たらないから宝くじは買わない
といっているようなものですよね。
行動しなければ、自分が望むような未来も
奇跡も生まないですから。

だから、生徒たちには「可能性を絶対に自分で潰すな」
ということを何度も話します。

未来編の執筆で大事なことって、過去編と違って
自分と現実をいい意味で向き合わせないことだと思うんです。
リアリティにばかりこだわると、何も書けなくなる。
そうじゃなくて、未来を現在とほんの少しだけ離れたところに設定して、
その中のどこか一つにスポットライトを当てることだと思います。

現実と未来のギリギリのところで描いた作品は
やはり彼らの願いや希望が必ずそこに存在しています。
それを言葉にすることによって、自分が描いた未来を
彼ら自身が現実に引き寄せてしまう。
未来編の自分史を書く意味は、そんなところにも
大きな効果があるように感じていますね。


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